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〜今週と来週は米朝さんや一門の皆さんと40年以上に渡って親好が深い、タレントのイーデス・ハンソンさんをゲストにお迎えしました。聞き手は大阪ABCテレビのプロデューサー市川寿憲です〜
聞き手  聞く所によりますと、今日は米朝事務所の株主総会やそうですね。
イーデス  はい、ワクワクして...
米朝  いや、昔、うちは株式会社やと言うたら「一株くれ」と言うてね。
聞き手  普通、100株とか言いますけど、ほんまに一株、言いはったんですね。
イーデス  いやそんなん知らんわけよね。株主ってどういうものか。ただね、ここの株主総会の株主の顔ぶれが面白いやん。
米朝  (笑)
イーデス  ね。まず米朝さんやろ。枝雀さんやろ、ざこばさんやろ。そこらへんが集まって一応株主総会やる言うたら...
米朝  監査役とかね...
イーデス  あ、小松左京さんもそやったしね。
聞き手  あの枝雀さんが監査役の株主総会ですものね。
イーデス  そういうからね、余計参加したいじゃないですか(笑)どないなるのか。株主やないと行かれへんやん。ゲスト呼ばないでしょ(笑)最低100株や言われても...。まそれでもええ、行けたら。入場券(代わりで...)。
聞き手  入場券代わりで毎年株主総会を見るために買わはった。
イーデス  一応ね、やるんやて。株主総会らしい部分ね。
米朝  いや...いや...いや...やるんや。
イーデス  報告するんやね。こんだけ儲かったとか、光熱費はこれぐらいやとか...。これね偉いなと思うのはね、配当金くれるよ、ここは。
米朝  そりゃそうやがな。
聞き手  (笑)最近無いですね。
イーデス  無いですよ、日本の大企業ってくれへんのよ。そんで株主黙ってるの不思議よ。総会も面白ないやろしね、配当金ぐらい皆に配らないかんと思うけど、こっちは株主総会がおもろいし、配当金もくれるし、終わったら飲み食いは出来るし、こーんなええことないって。
聞き手  普通株主総会は午前中にやるんですけど、こちらは夕方からですね。
イーデス  そう、そう、飲まんならんでしょ。
聞き手  メインはそっちですね。
イーデス  まぁ〜、どっちか言うたら...
聞き手  (笑)
イーデス  違いますかね...?
米朝  けどね、もう皆年取ったからね、「異議なし、異議なし、異議なし」と早いこと飲もうと言う雰囲気ではなくなったな、この頃。
イーデス  いや「異議あり」って、あった?
米朝  あったかな...?
聞き手  (笑)
イーデス  ない。例えばざこばさんが総会屋やるとかね。
聞き手  役目として。
イーデス  面白するためにね。
米朝  15人ほどね、いるらしいんよ、株主が...
イーデス  「いるらしい」って!! 小松さんは辞めてそのかわり石毛直道先生...
米朝  小松さんの株を全部石毛さんが引き継いでな。なんぼあるのかな全部で、株の数は...。2万あるらしい。
イーデス  あ〜、私はそのうちで100しかない...
聞き手  (笑)面白いですか、やっぱり。
イーデス  面白いよ。最初の頃は豪華やったね。まぁ〜これは米朝さんご自身が持ち(支払う)はったんやけど、全部終わって食事して、さらにミナミ行って芸妓さん呼んで...
米朝  大和屋や。「どういう顔ぶれでんねん?これは・・・」言うて。大和屋のおかみさんが。「うちの株主総会」「え〜!!」(笑)
聞き手  それは株買うた、かいがありますね。
イーデス  100株でそれが出来るんやろ、値打ちもんやわ〜。今はうちらも年取って大人になってんけど、ようざこばさんとからんで喧嘩になったりしてたよね。
米朝  そうやったかいな?
イーデス  そうやで。「西城秀樹の年齢はなんぼや」とかね(笑)
聞き手  つまらんことでもめるんですね。
米朝  会社の経営方針とかでもめたことはいっぺんもなかったと思う...
聞き手  是非覗いてみたいですね。
イーデス  行きたいやろ、そういうの。
聞き手  私は株を持ってませんからあきませんけど...。

聞き手  イーデス・ハンソンさんは日本に来られたのは何年でした?
イーデス  昭和35年、1960年。
聞き手  おいくつだったんですか、そのとき。年言うたらバレますけど。
イーデス  バレてんのやろけど...。ちょうど21歳になったとやった。
米朝  こちらのお兄さんがな、日本にやってきたんや、その前に。それでこの変な国の魅力に取り憑かれたんかしらんけど、しばらくいてはった。夏休みかなんかで学生やったんやね。で、ついて来たん、お兄さんに。
イーデス  夏休みでなしに、その1年学校休むねんと。兄は大阪大学の交換教授で来て、「こんなチャンスないわ」と思って、ついて来きたん。だけど兄にはまともに仕事あるからね、時期がくれば帰るんやけど、私学生やったからね。1年休もうが2年休もうが...
米朝  (笑)
イーデス  で、面白いから1人で残った。
米朝  (最初に)文楽の人形浄瑠璃に興味持ったお兄さんやった?
イーデス  ううん、私が先に見に行った。全然知らなかったけど、大阪の有名な古典芸能っていうふうに言うわけね。それで見に行って面白かったから通ってた。
聞き手  当時、朝日座ですよね。
イーデス  その時は文楽座と言ってた。朝日座に変わったんはその後。
聞き手  で、一時、文楽の人形遣いの方とご結婚されましたもんね。よほど虜になられたんですね、文楽に。
イーデス  いや、文楽がどうやということで結婚したんやないよ。その人好きやったん。
聞き手  あ〜、そりゃそうですね。失礼いたしました。
米朝  (笑)
イーデス  文楽はきっかけ。
米朝  浄瑠璃、義太夫は分かった?
イーデス  分からん、分からん。
米朝  分からへんやろね、日本語もはっきりせえへんのにな、あんな古い...
イーデス  所々しか分からへんけども、まぁ〜もちろん深〜くいろんな部分まで味わうためにはそりゃ分かった方がええと思うけど、分からんでも伝わってくるよ。可愛そうやとか哀れやとか悲しいとか...
米朝  そりゃ語ってる太夫さんでもね、何のこっちゃよう分からんと語ってる人かてあるやろうし(笑)
イーデス  でもね、日本の若い人は、そりゃま言葉は古いから見に行かへんというけどね、言葉分からんでも見に行って面白いもんよ、あれ。
米朝  そうそうそうやね。だいたい見てたらね、あらすじなど分かってくる。
イーデス  プログラム買うたら書いてある。
米朝  本当に難しいよ、分かろうと思うたら。
イーデス  米朝さんでも?
米朝  初めはあんなん、分からへんわ。
イーデス  はぁ〜...。ほなら私、分からんのあたりまえやな。
米朝  中学ぐらいの時に初めて見たんかな。昭和10年代ね。
聞き手  それは姫路でですか?
米朝  いやいやこっち(大阪)来て。人形劇やから観てりゃ何となく分かりますよ、そりゃ。
イーデス  分かるよ。同じ人形劇でも世界にはいろんなのあるけれど、文楽は大人の人形劇やね。
米朝  ヨーロッパ辺りは人形劇と言うたら、子供相手なもの...
イーデス  単純な内容で...
聞き手  3人遣いになった所でグンと人形の表現力が高度になったんやないですかね。
米朝  そりゃそうや。糸操りも日本にあったんやけどね、文楽というお手本があるもんやからね、内容はかなり複雑なものをやってた。
イーデス  動きもね、操りに比べてしなやかですよ。
米朝  肩の線やとか、首の線やとかね。
イーデス  あの立て膝の線とかね、全然違うよね。

聞き手  日本の古典芸能にハマっていかれましたが、お兄さんは1年でお帰りになったんですよね
イーデス  そう。
聞き手  で、いつぐらいに日本にもうちょっといようと思われたんですか?
イーデス  来てすぐやね(笑)
聞き手  すぐ!?
イーデス  9月の終わり頃に来て、10月の頭に大阪について、11月から悩み始めたんよ、「1年では短いな」と。まだまだ日本語はたいしたことなかったけど、少しずつ覚えてきて、いろんなとこへ行って、いろんなもの観て、この程度だったらたんなるつまみ食いって言う感じで、もっと噛み締めるのに時間がいる。それで「どないしようかな」と考えて、ふっと気が付いて、「何も私1年で帰らんでもいいわ」と思って...
米朝  それもそうやな...
イーデス  それで兄にその話をしたら大喜びでね、“自分でちゃんと考えて、自分の歩いていく道も見つけ始めてるんやな”というふうに受け取って「うん、帰らんでええわ」と言った。で兄が帰った後、食べられるぐらいの仕事もあったから、「後2年ぐらいは居たいね」で2年経ったらまた悩んでやね、「2年では...」(笑)ほいで、結局、こないなってしもうた。
二人  (大笑)
米朝  いっぺん帰ったことあったんやなかったか?
イーデス  荷物取りに行ったよ。
米朝  荷物か〜(笑)
イーデス  ちょうどそのとき私の書道の先生がアメリカに行って、あちこちで自分の作品を見せて、日本の書道を紹介したいということで、生徒さんがいる所を3ヶ月ほど一緒にバスでアメリカ西海岸からずっと東海岸までまわって...。3ヶ月ほど日本離れたのはずっと後、1回だけ。インドに帰ったとき。
聞き手  元々お生まれインドですものね。
イーデス  そう。

聞き手  日本の魅力はハンソンさんにとってはなんだったんですか?
米朝  ま、人形だけではなかったと思う。
イーデス  例えば食べ物とか、伝統芸能だとか、そういう物一つでずっとここにいるわというものではないでしょ。いろいろあって、一つ大きかったのは、「面白かった、面白かった」というねん、そういうふうに聞かれるとき。んで「なにがや」と言われる(笑)少しずついろんなことが分かるようになってきて、言葉だとか習慣だとか。それで自分でどこまで分かりうるかなっていう面白さがあって...
米朝  非常に早い段階で銭湯にすぐ慣れたという。あれはあっちにないからな。風呂や行ってね、一緒にこう...大勢...混浴みたいに...ま、混浴ではないけれど...
イーデス  混浴ではなかったよ、言っとくけど(笑)
米朝  ああいうものをなんにも拒否反応なしにすんなり受け入れていったという...
聞き手  ほんと、素っ裸になりますもんね。
イーデス  そりゃ、洗わないかんのやからね。
米朝  (笑)
聞き手  ごもっとも
イーデス  疲れだけやないのやから...

聞き手  ハンソンさんが米朝師匠と最初にお会いになったのはいつぐらいで、どんなお仕事だったんですか?
米朝  やっぱりね、私がやってた番組にゲストで来てもらったんやと思うわ。
イーデス  私の記憶では、天神祭の中継やったと思うんですよ。
米朝  私は何となくね、十日戎の中継やったと思う。
聞き手  (大笑)
イーデス  いや、十日戎はもっと後。その天神祭はどこのテレビ局や分からへんけども、桂米朝さんと一緒にと言われて、(それまでも)米朝さんてラジオで聞いてたんよ。それで印象はね、なんかこうるさい...おっさん言うたら悪いけど...。なんか細かいことゴチャラ、ゴチャラ言うんやな〜て。そういう人と一緒に番組でたら文句言われるんやろなと思ったんですよ。でも天神祭も観たいし、仕事でギャラくれると言うし、ま、行ったわ。そいで、全然そんな感じやなかった。普通...
米朝  普通の人間やったと...(笑)
聞き手  (大笑)
米朝  とにかくな、ビックリするぐらい日本語がちゃんともうマスター出来てたし、印象に残っとるのは字の覚え方。それがね、地下鉄の駅名から覚えた。
イーデス  あ、そうや。イヤ、本は買ったよ。ひらがなから覚えて...。けど街に出たらあちこち字だらけ。今みたいにそんなにローマ字は書いてないのね。但しきっちり書いてあるのは駅名ですよね。漢字があって、ひらがながあって、ローマ字がある。
米朝  覚えやすいな。
イーデス  「地下鉄」という字も、初めて針中野から梅田へ行った時に、(行きは)兄と一緒だったんだけど一人で帰らなあかんからね、行きしなに梅田で下りて阪神のあの地下街をずうっと、阪大がまだ西のとこにあった時よね、阪大病院があったとこ。とにかく地下鉄に戻るのに字が3つ並んでて、中ぐらいのややこしいのが左と右にあって、真ん中がわりと簡単、あの「下」っていう字(笑)そういうのを探して、梅田の駅に戻ったんや。だけどそういうの面白いよやってて、出来た時に「オーやった」と思うよ。だからそこが面白かったんよ、日本は。(笑)でも地下鉄の駅名はみんな覚えてね、日本語ろくに喋れないのに、大国町とかね...
聞き手  (大笑)
米朝  心斎橋とか...
イーデス  心斎橋とか細かい単語、分かるんやね。
聞き手  日本に来るまでに日本語の勉強はされてたんですか?
イーデス  いや〜
聞き手  全然?
イーデス  あの、今はアメリカのどんな田舎でも日本人はいるんだけど、その時分は本当にいないし...
聞き手  昭和30年代初めですからね。
イーデス  日本に来る前にハワイに。兄がハワイの大学で仕事してたから、2週間ぐらいハワイにいたんだけど、そこで初めて日本の字を見たり、アサヒビール飲んで、味の素とかそういうのを知って...(笑)
聞き手  さっきからよく出てくる、十日戎の中継で、米朝師匠が思い出に残っているハンソンさんのエピソードは?
米朝  履物や。
イーデス  (笑)
米朝  あの群衆なのに「利休(下駄)」を履いてきた。あの利休という下駄は薄刃でね、固いねん。あれで踏まれたらどんなに痛いか...
聞き手  (大笑)
米朝  靴の上から踏まれてもあれはこたえるわ。「こんなもんで踏まれたらたまらんで」と言うたら「そうかてあんた、黄八丈に草履は似合わへんやないの」と、言われた時にね、誰がそんなこと教えたんやろとビックリしたで、俺は(笑)
イーデス  それはあの、人の多いのをあんまり考えてなかったんやけどね(笑)
米朝  「誰にそんなこと教えてもろうたんや」と聞いたらね「塩町のお姉さんや」と言って、えらい人がついてるなと...。難波掾(なにわのじょう)、人形遣いの吉田文五郎さんの娘さんや、その人が指南役やからね、それぐらいのことは言うわ。
聞き手  また真っ当な指南役ですものね。
米朝  そりゃそうや、ちょっとそのへんにないで、そんなこと言う人は。
イーデス  ま、私もそんなん履いて人の足踏むつもりもないしやな...
米朝  (笑)そりゃそうや
聞き手  (笑)最初から踏むつもりで来はる人は誰もいない...
イーデス  私、最初ね、「あんなん履いて、あんた足踏まれたら痛いで」と言われてると思ったんだけど、逆やった(笑)でも「しゃあないな、黄八丈着てんのやから」って...

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扇子

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