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〜今回のよもやま噺は、今年88歳を迎えられる狂言界の最長老、茂山千作さんです。人間国宝お二人のよもやま噺をお楽しみください〜
米朝  どうもお元気で。
千作  ありがとうございます。
米朝  今、最長老ですか?
千作  ええ、まぁ、狂言では私が一番長老でございますけどね、能楽界の中では私は二番目でございますな。
米朝  へぇ〜、まだ上がいてはりますか。
千作  お笛でね、藤田大五郎さん。その方が91〜2歳で。お元気でっせ、この間もお目にかかりました。
聞き手  千作先生は大正8年12月28日のお生まれで...
米朝  もうちょっとで年が変わるところでんな。
千作  私の本名が茂山七五三(しめ)と申しましてね、12月28日に私の家では毎年、お七五三(しめ)飾りをするんです。その日に生まれて「えらいめでたい子やな、七五三(しめ)にしよう」ちゅうて、私の祖父さんが付けたんです。なんでこんなけったいな名前を付けはったんやと恨んでました(笑)しかしそれがね、後で年いってから承るとね、新島襄先生の本名が「七五三太(しめた)」と言うそうで、あんなえらい方の名前を継がしてもろうてるのやとありがたいと思って、思い直しましたんや(笑)
米朝  まぁ〜、他所にはちょっとおまへんな。
聞き手  やっぱり小さい時はおイヤでしたか?
千作  別にイヤでもないですけど、兵隊に行きました時に「お前の名前はなんじゃ。読みにくいやないか」とよう叱られました(笑)
米朝  叱られたってしょうがないけど(笑)
聞き手  昔文楽にも七五三太夫(しめたゆう)という方がいはりましたね。今狂言の世界では最長老。今年の誕生日で88歳。いまだにお元気で舞台に立って一番面白い。僕の感覚ですけれど、出てきただけで面白い。
米朝  いやそれはもう20年も前から私いつも思うててね。全体が狂言というお方でんな。弟さんの千之丞さんがキチッとした...
千作  カチッと、キチッとした狂言をやりますね。
米朝  おいくつからお始めになったんです?
千作  物心ついた時分からですさかい、満3歳ぐらいからぼちぼち稽古をしてもらいました、祖父さんに。
聞き手  茂山のお家は、お祖父さんが孫を教えるという習わしが...
千作  そういうふうに決まってはありませんけど、おかげさまで私の家の皆が長生きをしますので、祖父さんが暇ですさかいに代々孫を教えることになってます。
聞き手  お父さんが教えると理不尽に腹が立ってきたりしますよね。それが無いんじゃないですか?
千作  確かにそういうことございます。孫は可愛いですからね、あやしながら稽古済んだ後にお駄賃やったりしてね、それで稽古してやります。
米朝  最初は『しべり』という狂言から始めると聞いたんですけどね。
千作  私の家では『いろは』という狂言を最初に教えます。
聞き手  初舞台が4つ。大正13年。まだ米朝師匠がお生まれでない時。
米朝  私は14年ですから。
千作  あ、そうですか。祖父さんに習いましたから、祖父さんが相手をしてくれました。
聞き手  厳しい時は非常に厳しかったらしいですね。
千作  それは初舞台やなしに、もっと後でございます。小学校の4〜5年生になった時分に...。その時分になりますと仰山狂言をやっておりますさかいに、舞台で手の上がり方が少なかったり、よそ見したりしたらパァーンと横面はられたりしてね。舞台に出て演じますと、やはり子供ですさかい時々ど忘れして違う言葉を言うてみたり、詰まってみたり間違うことがございます。その時に叱られるの分かってるんやけど、恐る恐る帰ってきたら鏡の間で「なんじゃありゃ」と言うてパンパンパンパンと横面をはりますね。祖父さんがぼろくそに怒りますねん。私も子供心に「後でとっぷり叱ってくれたらええのに、なんで人の前で叩かれるのやろ」と思っていたら、人に言うてはるのには「大勢さんの前で思いっきり叱ったら再びそんな間違いはせんやろ。それがために叱っとるんや」と言うてはりました。
聞き手  孫のためにね...
千作  弟の時はお祖父さんも大分年いってましたんでね、私みたいにきつうは習うてませんな。で、またね、弟がね頭賢い、私よりね。学校の成績もね、よろしねん。せやから覚えが良かったんで叱られまへなんだ。
米朝  (笑)女のご兄弟は何かお稽古されました?
千作  えっ?
米朝  女の兄弟はなかったんですか?
千作  5人兄弟のうち私と千之丞が男で後は3人とも女です。しかし能楽師というのは、女の玄人はなかった。ましてや狂言はね。妹やらは稽古はしてません。
米朝  お能は、女性の能楽師も出来ましたけどね。
千作  あのこの頃ね、こういう世の中ですので、お稽古されるお素人の方なんかはね、男の方がだんだん減ってきてね、この頃謡なんか習うてらっしゃる方は女性が多いですな。それで、女性の謡の先生とか能の先生が現れましてね。男女同権の世の中ですから。狂言でも一人だけいはります。
聞き手  東京に二人ですね。三宅藤九郎さんになった方と...
千作  和泉元彌のお姉さんですか。
聞き手  もう一人なってますから東京の和泉流にお二人いらっしゃいます。
米朝  これは、昔は、女性は舞台に上がることも許されなんだとか...
千作  ええ。私ら子供の時分は不文律でいけないということになっとりましたね。それが戦争の始まる前ですね、昭和10年頃からぼちぼちとね...つまりお金持ちのね奥さん方がね、習う方が増えましたので、先生も女性が出てきまして、戦争前には女性の能を舞う人がいはりましたね。

米朝  あれ美男鬘(びなんかづら)というんですな、女の格好をする...
千作  あれを付けると女になります。あれはだいたい女房の役をする時にあれが出ますんで、はい。だいたい室町の時分にはああいうのは普通の女性も頭に巻いてたこともあるらしいですね。
米朝  風俗やったんですね。
聞き手  狂言とかお能が、だいたい室町時代に出来たものですから、その当時の風俗ですね。
千作  狂言の扮装は室町から桃山ですね。徳川の初期までの間の、町の服装ですね。
米朝  言葉もそうなんでしょうかな。
千作  言葉もそうです。
米朝  女性もああいう言葉を使うてたんか...そりゃそうでしょうな。
千作  そうでしょうね。
聞き手  女言葉はなかったんでしょうかね。
千作  特別な言葉はないけれど言い回しに女らしさが...。『わらわ』てな言葉を使いますね。それは女ですね。
聞き手  言葉で思い出しましたけど、昔コマーシャルで『くっさめ(くしゃみ)』というのが流行りましてあれで狂言の認知度が上がりました。食べる時に『あむ、あむ』とか...
千作  『あんむ』ですね。
聞き手  みかんを食べる時に『むみょ』と言うんですか?
千作  それはございませんね。狂言にはみかんを食べるのが二通りございます。(実演)
聞き手  はぁ〜なるほど、間近で拝見しますと凄い迫力ですね。
千作  (大笑)
聞き手  お酒を飲むシーンが多いと思いますが...
千作  大概、狂言に出てくる者は、お酒の好きなものが出てきます。まず神さんでも福の神という神さんは「仰山お酒を供えてくれたら楽しいしてやる」と言うよう米朝なね。お酒を好きなのが沢山出ますね。
米朝  あれは思うように(当時)飲めなんだのかな。
千作  そうですね。

聞き手  お酒の話が出た所で、千作先生も非常にお酒がお好きやとお伺いしましたが。
千作  え〜、いや〜、前はね、好きでございましてね、よく頂戴しましたね。この頃は体の都合か、お医者さんのお薬の都合か、少し頂戴すると酔いますねん。酔うよりなんか息苦しいなって、この頃そない飲みません。
聞き手  米朝師匠と、よくお飲みになったことはございますか?
米朝  弟さんとね。
千作  千之丞はまだ好きですね。必ず晩酌やってますな。しかもお酒(日本酒)が好きですな。
米朝  あんまりウィスキーとかね、聞きまへんな。
聞き手  千作先生はどんな種類のお酒がお好きだったんですか?
千作  私もやっぱり日本酒が好きでしたね。でも夏なんかはビールもね。この頃どっちもあまり飲みませんね。そのくせちょっとないと具合が悪い。後しんどなるの分かってても...
米朝  いや、ないと寂しい。
千作  ないと寂しい言うて、夕食の時、最初にビールをコップに1〜2杯は飲みますね。この頃はおいしい物を食べるのがね一番の楽しみです。
米朝  量は、沢山はいらんわけでしょ?
千作  おいしい物が、ちょっとあったらええんです。「今晩何食べようかな」まずそう思いますね(笑)
米朝  私は、それが出来てる間が幸せやと思いますわ。
聞き手  先生のお好きなものがプロフィールに載っていますが、トロ、天ぷらとありますね。米朝師匠もトロお好きですよ。
千作  トロ、よろしおすな。
聞き手  長生きの秘訣はおいしい物をちゃんと食べながら、一所懸命舞台なら舞台に邁進していく事が大事なんですかね。
二人  そうですよ!!
千作  おいしい物を食べてね〜
米朝  やはり舞台。これがやれんようになったらあきまへんやろな。
千作  舞台に出していただいて自分の思うようにして、しかもそれがお客さんが喜んでくれはって、そういう時が一番幸福ですな。結構ですな。それが出来んようになったら、生きていても死んだことになるのとちがいますか?
米朝  本当にね、そない思いますわ。やっぱり舞台へ立てなんだらあかん。
千作  舞台は、やっぱり、いつまでも元気で立ってたいと思いますな。

聞き手  今、千作先生は月にどれくらい舞台をおやりになっているのですか?
千作  前はね、あっちこっちの学校行ったり、ホテルの会場いったりしましたが、この頃、例えば6月は10回ぐらいですか。
聞き手  それでも10回。
千作  7月も7〜8回。しかもこの頃旅行が多いんですわ。今月末は東京の国立劇場で狂言会がありましてね、それに3日ほど行きまして、帰ってきて1〜2日で、新潟でね狂言会があって2日ほど。その後大阪で狂言会、それから能の会がありましてな。
米朝  お元気ですな。
聞き手  超売れっ子で...
千作  あんまり売れっ子やおへん(笑)
聞き手  女性のお客さんがお帰りの出待ちをされているらしいですね。
千作  いや、ま、それは...こんな年になったお祖父さんにね...
米朝  (笑)それが若い女性でっしゃろ。
千作  わりと若うっせ。「握手してくれ」と言われる方もあります。
二人  (笑)
千作  今までそんなことあれしまへんしね。そんな世の中になって...悪い気はしまへんな〜。
聞き手  ファンレターも来るらしいですね。
千作  有名なスターの方みたいなことはありませんけれどもね...
米朝  そりゃ、魅力がありますからな。
聞き手  ファンレターのことを『付け文』言うてはりましたもんね。「付け文くれるんや」とね。
米朝  『付け文』なんて言葉久しぶりに聞いたわ。
千作  (笑)

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