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〜今回のよもやま噺も先週に引き続き、今年88歳を迎えられる狂言界の最長老、茂山千作さんです。聞き手は大阪ABCテレビのプロデューサー市川寿憲です〜
米朝  狂言は200番ぐらいあるんですか?
千作  280番ほど。その他に新作とか30番ほどございますね。
聞き手  スーパー狂言という梅原猛先生の作品がございますよね。
千作  狂言はだいたいこじんまりした芸ですね。それを仰山の人が出て大掛かりな狂言を梅原さんが書いてくれまして、4〜5回毎年やりましたね。
聞き手  記録に残っているだけでも三番ほどございまして、最初が『ムツゴロウ』
千作  有明海の干拓の...。ムツゴロウがね、だんだん住むとこがなくなって、それに対してムツゴロウが復讐し出すと言う...
聞き手  それから『クローン人間ナマシマ』
千作  長島選手が引退すると、外国人選手が出来たとか、クローン牛が出来たとか、そんな世の中を批判した狂言ですね。
聞き手  一番新しいのが『王様と恐竜』
千作  金持ちで、世界中を制覇するというような王様が現れて...
聞き手  この三番どれも、それをお書きになるとそれらしいことが社会現象として起こってきてますね。予知能力じゃないですけど...
千作  そうですね。
米朝  ほぉ〜
聞き手  しかし80歳過ぎてからこういう新作を覚えるのは大変じゃないですか?
千作  なかなかね、この年になると覚えられません。昔はね、わりと覚えたんですけど...。
聞き手  狂言は古典を守ることもさることながら、片一方で新作があるということは、何の芸能でもいることなんでしょうね。
米朝  ずっとしてきたことやからな。
千作  私らさして頂いてる狂言をね、いつまでもにぎやかに続けていくためには、やっぱり今まで通りの古い狂言の古典だけではね、先細りになるのやないかとね、心配します。
米朝  戦争が済んだ昭和22年か、あの頃からずいぶんいろんなことをやってきはりましたな。
千作  結局、生活も出来しまへんし。それではいかんと言うことでいろんなことをしました。学校へ行ったり、京都市が市民狂言会と言うのを催して頂きまして、それまでは狂言の入場料が映画よりも高かったんですけれど、映画を見るより安い見料で見られるようにしてくれました。それでえらい流行りましてね、今でも続いてますんです。
米朝  あれで初めて見たというお方も結構あった。
千作  それまで狂言ってあんまりご覧になる方少なかったですね。謡を習うてる方がついでに狂言も習おう、見に行こうとそんな方が多かったですね。
米朝  衣装や小道具は狂言師が伝えてた?
千作  狂言は、衣装から面から道具から全部自分で持ってます。
聞き手  当然昔からお家に伝わっているものもございますよね。
千作  私は十二代になりますので、昔から伝わっている面がね、80面かそこらありましたんでね。それがこの頃増えまして、150面ぐらい持ってます。
聞き手  ほぉ〜
千作  衣装もね、徳川時代のね衣装が仰山残ってますさかい、そんなんもうボロボロでね使えまへんので新しく作ってね、この頃やってますね。
聞き手  聞く所によりますと、茂山さんの所はそういう衣装を奥様が...
千作  男は狂言したり教えたりしますんでね、衣装の繕いとか、仕立てとかそういうのは女どもがやってくれてますね。
聞き手  『女ども』って言うのはよろしいですね。
千作  (大笑)家内がね(笑)

聞き手  先ほど十二代とおっしゃいましたが、(千作さんが)十二世千五郎で、今息子さんが十三世千五郎ですね。ということは初代の千五郎という方は室町時代だったんですか?
千作  それがはっきり分かりませんのです。私の家では八代目から分かってますねん。それまではね、『茂山』でなかったんですね。『佐々木』で御所出入りの狂言師でした。八代目から茂山になりまして『久蔵』という人です。それが私の曾祖父さんのもう一つ上ですわ(笑)その方は明治以前になくなってます。幕末の末に彦根藩お抱えの狂言師になったんです。それが私の曾祖父さんです。井伊大老もお能がお好きで、狂言もお好きで自分で狂言を書いておられます。『狸の腹鼓』とか『鬼ヶ宿』に型付けをしたのが曾祖父さんです。今でも残っています。
聞き手  明治ぐらいから狂言が廃れてきてた時に、『お豆腐狂言』。
千作  それはね、「私の家はお豆腐狂言です」とね、今でこそそうですが、宣伝したわけではないんですよ。明治維新後彦根藩から離れまして、食べるのに困った時期にですね、しかし狂言しか出来ないので狂言をたくさんの人に見に来ていただきたいと思って、村のお祭りの余興とか、結婚式の余興とかに頼まれてどこへでも気軽に狂言しに出かけたんです。それまで狂言師は能舞台以外でやらんもんやて、「茂山さんとこはお豆腐みたいな人やな」言うて...
聞き手  褒め言葉ではなかったんですね。
千作  (昔から京都では)おかずに困ったら豆腐でも頼もうかと。『お豆腐狂言』言われるのは結構やと。お豆腐ちゅうものはお料理の仕様によっては非常に高級なお料理になるし、また一般的なお椀材になるさかい、そういわれるのは結構やと。あっちこっち狂言しにいったんですよ。それから私の家の家訓でもおへんけど、そういうやり方になって今でも気軽に狂言させてもらいに行ってますね。
米朝  昔、地蔵盆ね。戦後いっぺん廃れたんやけど、京都は焼けなんだ関係か、じきに復活しましてね、あっちゃこっちゃで地蔵盆の催しがあるようになった。ほんならやはりね、狂言です。
千作  地蔵盆の催しに狂言が今でも出てます。清水さんね、いっぱいお地蔵さんが祀ってあるところがありますな。そこで毎年お地蔵盆やらはります。その時の余興にお寺から頼まれて狂言しに、この頃は行かしまへんけど、(以前は)行ってましたよ。
聞き手  昔は路地路地にあったお地蔵さんの地蔵盆にも行ってらした?
千作  行ったこともあるらしいですよ。
聞き手  先代のそういうご苦労が今日に繋がって、最近千作先生がお出になる狂言会のチケットがなかなか取れないんですよ。それはいい意味で千作先生という長老から、若い方までアンサンブルが出来ているんですね。
千作  まぁ〜ね、若いもんが気張ってくれてますので...。
米朝  チームワークと言うか、こちらはんは立派なもんやと思います。

米朝  今、東京はどうなんですか?
千作  私の流儀(大蔵流)では『山本家』の狂言、それと和泉流では『野村』さん。どういうご都合か知らんけれど2つに分かれてしまいまして、野村萬斎君がいる万作さんという方の一座と、万蔵さんの一座。もう一つ野村又三郎さんという家があるんです。それだけが東京にございます。大蔵流では私の所と山本東次郎。私の家元の『大蔵』という家がございます。
聞き手  又三郎さんは名古屋ですね。他の古典芸能は家元というのを聞きますけれど、狂言ではどうなんですか?
千作  最近までは家元が中心で、大蔵流もあったんです。和泉流も元彌君のお父さんの元秀さんも家元中心で、能楽協会ではその2つが中心でやってはりました。その下に『山本家』『茂山家』『野村家』があったんです。それが今は家元の勢力が細ってしまいまして、今の所本当の狂言の世界では、家元が有名無実な存在にややなりかけてますな。
聞き手  和泉(元彌)さんがあんことになってしまいましたから...
千作  本当やったらあの人がね、ちゃんとした家元で継いで、やる人なんですがね。能楽協会からも追い出されてしまわれましたんでね。能の会ではあの方は狂言やれませんな。
聞き手  40年以上前の時に、千作先生も除名されかけたこともあったんですよね。
千作  そんな堅苦しい能楽界の世界でしたので。他の芸能に出てはいけない。他の芸能の人と一緒にしてはいけない。はっきりいけないということは書いてなかったんですけど、不文律があってね。武智鉄二さんに頼まれて出たんです。
聞き手  日生劇場で『勧進帳』と『双面道成寺』をやったんですね。歌舞伎の方と共演されたんですね。
千作  それに私と千之丞が出たんです。能から観世栄夫君が出ましたな。
聞き手  ちゃんとお能もお狂言も出来て、広めるためにそれも出た方がいいという...
米朝  信念と実力がおうたわけですわ。
千作  で、協会から出て行けと言われて、出て行かん言うて頑張ったんですけどね。マスコミの方が我々の言ってることに同情していただいて新聞にも書いていただいたんです。協会も振り上げたげんこつをだんだん降ろしてきましてね、「これからそんなことをしはるんやったら、届けてくれ」てなことで終わりましたんです。
聞き手  それからは届けはったんですか?
千作  (笑)
聞き手  その時にこの間お亡くなりになったお父さんも守ってくれたんですね。
千作  「不肖の倅を持って、誠にすまん」と協会へ。「私も辞めさせてもらいます」と言って、そしたら協会が「そんなことしはらんでもええやろう」と言うてくれはりましてね。
米朝  あの時は本当にどないして収まるのかいなと、私は人ごとやさかい興味を持ってみてたんです(笑)
千作  そうでしたか。
聞き手  やっぱり違う世界の人とお芝居されるとためになりますか?
千作  やっぱりためになってますね。私らでは知らん台詞回しですとか、間の取り方とか、教えられることがうんとありました。

聞き手  年とおっしゃいますが、大きなお声がお出になってちゃんと動けて。日頃何かやっていらっしゃるんですか?
千作  別に何もやっておりませんなぁ。
聞き手  ひ孫さんもいらっしゃいますよね、今。
千作  おかげさんで男のひ孫が。しかもね、双子が生まれましてね、喜んでおります。にぎやかなことですわ。
聞き手  まだお稽古付けるようなことは?
千作  もう1年待たなやれんな。去年生まれましたから、3歳ぐらいまでは稽古出来ませんな。
聞き手  でもね、「あのおじいちゃんに稽古付けてもろうたんや」というぐらい頑張っていただかないと。
千作  はい。稽古してやって、初舞台の時に相手してやれるぐらいまで、長生きせならんなと思うてますんやけど、どうなるか分からんへんけど。
米朝  もう何十年か前に茂山家に男の子がどんどん誕生しはった。あの時に私はここの家が栄える元やと思いました。
千作  ありがとうございます。

聞き手  先生の元気の秘訣は阪神タイガースですね。
千作  昔からね、タイガースが好きでね。私の親戚にタイガースでキャッチャーをしてた者がおりましてね、今から大分前でっせ。2リーグになる前ですわ。徳網というキャッチャーがタイガースにおりました。私の叔母の弟ですね。キャッチャーしてる時に切符やら貰うてね、行きまして。それから阪神タイガースが好きになりました。
聞き手  長い阪神タイガースファンですね。
千作  そうです、長いことやってます。えらいこの頃調子ええですね。それに比べて巨人が悪いでしょ。巨人好きやおへんのやけど気の毒になって、ちょっとぐらい勝ったらええなと思って...
米朝  巨人が威張ってもらわんとね。
千作  巨人もちょっと強くなってくれんことには困りますな。
聞き手  先生のプロフィールで嫌いなもの『読売ジャイアンツ』『人参』『ピーマン』と書いてありますね。
米朝  (笑)
聞き手  しかし米朝師匠も千作先生もタバコお好きですよね。長生きの元ですか?
千作  この頃お医者さんに「あきまへんで」とよう言われるんですけどね、「はいヤメます」と言うんですけど、吸いとうなると「ええい、かまへんわい」てな調子でね(笑)
米朝  お互い、えらい年になってまんのやさかいな...
聞き手  もう好きなことやって元気に舞台にね...
千作  もう年いってますのやから、辛い目してヤメるのもね...
聞き手  米朝師匠よりもお年のゲストはなかなかございませんので、益々いい舞台を見せていただきたいと思います。
千作  ありがとうございます。
米朝  ありがとうございました。

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