番組ロゴ放送内容

4月1日第49回
4月9日第50回
4月16日第51回
4月23日第52回
4月30日第53回
5月7日第54回
5月14日第55回
5月21日第56回
5月28日第57回
6月4日第58回
6月11日第59回
6月18日第60回
6月25日第61回
7月2日第62回
7月9日第63回
7月16日第64回
7月23日第65回
7月30日第66回
8月20日第67回
8月27日第68回
9月3日第69回
9月10日第70回
9月24日第72回
1月14日第88回
1月21日第89回
1月28日第90回
2月4日第91回
2月11日第92回
2月18日第93回
2月25日第94回
3月4日第95回
3月11日第96回
3月18日第97回
3月25日第98回
スペース 9月3日第69回
〜今週のよもやま噺も、自称「米朝師匠の飲み友達」こと一門の桂小米さんをお迎えしました。聞き手は大阪ABCテレビのプロデューサー市川寿憲です。2006年8月1日にABCのスタジオで収録したものです。〜
聞き手  聞く所によりますと、米朝師匠がサンケイホールで独演会をおやりになったいる時に、小米さんがネタを、これやれ、あれやれと言ったそうで...
小米  わりと僕が決めてたことが多いんですよ。「これやれ」とか言うんやなしにね(笑)「これやってください」と。自分が聴きたいネタとかね、そういう噺を選んだ記憶があります。
米朝  私らの客は出し物で選ぶという所がありましたよ。「この間もそれ聴いたから、違うのやってくれ」という投書が来たしね。一々その投書に従うてるわけにもいかんけどね(笑)
小米  そのへんのことは分かってましたし、師匠の好みも分かってますからね、それで決めてたんです。師匠はあんまり「これはいやや」とは言いはりませんでしたね。
聞き手  師匠の独演会、サンケイホールは、前座さんがいはって、師匠が一席おやりになって、小米さんや枝雀さん、朝丸さんがいはって、中入り前に師匠がもう一回お出になって、休憩して、もう一席の全部で三席やってはったんですね。
米朝  そうそう。時間にして2時間半からありましたわな。
聞き手  昔の独演会も本人は三席だったんですか?
米朝  いや、それはいろいろあってね、うちの師匠は、三席出します言うても彩りがありますわな。あれを大変気にしてたな。私は若いから何でもええというような気持ちやったけど、だんだん分かってきた。並びによって大変やりやすいこともあれば、しんどかったことも...。四十何歳になってから気をつけるようになりました。
小米  僕は弟子になって初めて師匠のね、京都の独演会で、『宿屋仇』『愛宕山』『算段の平兵衛』つまり30分以上のネタ三席。だから昭和44年の時は昼が2時開演、夜はネタを変えて6時開演。45年は昼は1時半開演になってました。前の年が相当押した(延びた)んでしょうね。凄いボリュームのあるネタでした。昼夜で六席ですから...
米朝  あっちからも、こっちからも独演会の注文がくるんですよね。やっぱりそうなると手を抜かないし、お客さんもよう来てくれたんでね。どこでやっても満員やったな。
聞き手  小米さんも生で見ていらっしゃるわけですから、いい修業時代ですよね。
小米  でもその時はそんなに思いませんからね。今思うたらもうちょっと一所懸命とかね、思いますけど...。地方もず〜っとまわってはりましたからね。
聞き手  全国津々浦々って感じでしたね。
米朝  東京以外は、関東の地方へはあんまり行ってないけれど、独演会でまわっていない所があれば、意識してそこへ行くようになったりしてね。だいたい全部廻ったでしょうな。まだ若かったからな。40分のネタ3つ並べてもやれましたからな。
小米  (笑)普通40分のネタ、一つだけですわ。
聞き手  その時に是非これを聴きたかったからリクエストしたネタはあるんですか?
小米  何ぼかありますよ、もちろん。また聴きたいとか、近々自分が憶えたい、やりたいというネタを師匠に実際やってもらうんですわ。これが一番ですからね。
米朝  お〜、お〜、下心があったんやな〜
聞き手  それをちゃんと袖から見て...
小米  そりゃもうそうです。
聞き手  師匠の独演会に出ることになりますよね、それはもう嬉しいもんじゃないですか?
小米  そりゃ嬉しいですよ。そりゃ緊張もしますしね、やりがいはありますね。お客さんが多いですからね。
聞き手  吉鹿さん(元サンケイホールの社長)が「クラシックを聴きに来ている客のようだ」と仰ってましたね。
米朝  その通りやと私は思いましたよ。

聞き手  よくざこばさんが稽古の時の米朝師匠の恐さ、人が変わったようになると。小米さんも...
小米  (笑)最初は緊張と言うか、緊迫感ですね、師匠がイライラ、イライラしてきはるわけです。何人もですから。内弟子だけやなしに、他所からも来はる、そうすると6人にも7人にもなるわけですわ。で晩の6時7時になるわけです。僕ら内弟子ですから後回しになるんです。その疲れはって、イライラしたとこへ、こっちも物覚えが悪いから余計もう...、そうなるんですよ。けど、稽古は楽しみでしたね。
聞き手  あ、そうですか。
小米  というのはね、月に1回か、あって2回しかないんです。稽古がないとネタが上がらへんのです。だから稽古日は辛いけども、嬉しかったですね。
聞き手  ほぉ〜。小米さんはネタの取りは速かった方ですか?
米朝  速い方やったね。こいつ違うなと思ったんは枝雀がね、あれは速かったからね、それはね分からんことはないんです。常からその気持ちで聴いてる奴やから、別に稽古やのうてもね。私が喋ってる時に横で、みんな取ってやろうとという気で聴いてたに違いない。
小米  自分の稽古の時はね、なかなか憶えられへんのですわ。別の人の稽古のはね、余裕を持って憶えてしまうんです。
聞き手  らしいですね。
米朝  まぁ〜、なんの芸でもそうやろうけど、自分の稽古になるととたんにメロメロになってもうてな、よう取らんやつがおるらしい。
聞き手  小米さんはどういう順番で教えてもらったんですか?
小米  『宿屋町』『犬の目』『商売根問』『不精の代参』『高津の富』『寄合酒』『田楽喰い』『崇徳院』『足上り』『軽業』
米朝  ほぉ〜、よう憶えとるな。
聞き手  早い時に大きなネタ、入ってますね。
米朝  ま、一つぐらいは入れるんやけどね。(こんなに憶えても)すぐにやる機会はないんやけどね。あの時分は人にもよるけど、吸収力と言うかな、どんどん覚えていく時期というのがありますな。
聞き手  師匠は10代でとよくおっしゃいますね。小米さんは18(歳)で入門でしたか?
小米  そうです。だからその10個はだいたいほぼ今でもやれるんです。
聞き手  何があっても?
小米  何があっても。
聞き手  急にやれと言われてもですね?
小米  ま...、いい...(笑)『軽業』とかは稽古せなあきませんけど、『高津の富』や『崇徳院』は今でも言えますね。「今やれ」言われて、やれます。
聞き手  ほぉ〜、外にざこばさんがいらっしゃいますが...、取りが速い遅いは聞き方が違うんですかね?
米朝  どういうわけかな〜...
  (扉開く、ざこばさん登場)
ざこば  どうも...。ざこばは取りは悪かったですか?
米朝  いや、悪くなかった。
ざこば  悪くなかったですか。しかしよく、「お前は憶え悪いな」言うてはりましたで。
米朝  それはネタによるな。
小米  枝雀兄さんが速すぎた、ね〜
ざこば  そうや、すぐ俺や。兄ちゃんの次ぎ俺や、誰かあってお前(小米)やろ。お前の前、憶え悪いやつが多かったからな。
米朝  (笑)
小米  僕の前、歌さんやからね。わりとまぁ〜、賢い言うんかね〜。
ざこば  僕も10、習いました。大きいネタ、『崇徳院』がダブった。年期明けんのと渡って『不動坊』年期明けるまでに片付かなんだで、明けてから通って片付けて頂いて...
小米  それが10個目なんですね。
米朝  長い噺やからな。
聞き手  ざこばさんからご覧になって、小米さんはどんな弟弟子ですか?
ざこば  どんなって、もう...。どない言うたらいいの、あたりまえやけどね、いててもらわな困るというやつですわ。
小米  数少ないから(笑)
ざこば  そういうんやなく、師匠と会話するんでも上手にするし、僕はやっぱり師匠の前では上がるしね、緊張するし...
小米  え〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ざこば  え〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ってお前、アルコール入ったら別やがな。自分は入らんでも飲み友達やとか...
一同  (大笑)
ざこば  とにかく、枝雀兄ちゃんは別格ですわ。ぶっちゃけた話。枝雀兄ちゃん退けといて、後のお弟子さんで吉朝、千朝。この二人はなんか回りからでも「ええ噺家やな。本格的やな」と言われたんは間違いない。
米朝  まぁ〜優等生やったな。
ざこば  小米は訛りがあったから優等生には入りにくい。せやけど、こんなに綺麗に直してしもうたしね。僕はなんか、優等生とはなかなか言うてもらえなんだ。
小米  枝雀兄さんの後やからね。
ざこば  そやな。これ、米紫兄ちゃんと可朝兄ちゃんが先やったら優等生やな、俺な。よう、そんなこと言うな〜
聞き手  僕はいなかったことにしてください(笑)

ざこば  僕いつも思うんやけどな、旅ネタな、「ようよう上がりました、私(わたくし)が」やろ、俺人生の中で、15(歳)でこの世界入ったやろ、「わたくしが」言うのんだけしか言葉、使うたことがない。「ようよう上がりました」をどこで使う?15歳で意味も分からへん。「ようよう上がりました私(わたくし)が初席(しょせき)一番草(いちばんそう)でございます」なんやねん、これは!?
米朝  (笑)
ざこば  こんなん憶え、言うねんで。無茶苦茶やで。
小米  憶えないかん思うから、あたりまえや思うてるから憶えるんです。
米朝  そやけど、憶えとったさかい、未だに残っとるんや。
ざこば  ま、そうですけどね(笑)これ憶えるんやったら他にも憶えるもんはあった!! ま、それは冗談ですけどね(笑)
小米  僕は一つ目の『宿屋町』にね、8ヶ月ぐらいかかってるんですよ。
ざこば  うぉ〜
米朝  へぇ〜
小米  言葉の訛りを直さないかんし、憶えるのやらなんやらで。結局そのネタやったんが、4月に入門して、12月なんです。その後は3ヶ月もあれば上がってたんですが。
ざこば  そういう意味ではな、タテベン(旅もの)は難しいな。会話は「今日は」言うたら次だいたい「こっちお入り」や
小米  それは今やさかい言えますけど、その時は分かりませんわ。
ざこば  普通の人はよう「あんなんよう憶えますな」言うけど、憶えられるよな。
小米  こっちは商売ですからな。
ざこば  これからは「難しいんです。憶えにくいんです」と言おう。
米朝  (笑)
小米  「大変でっせって。8ヶ月かかりまんねんで」言うてね。
ざこば  そうそう。
聞き手  でもそういう意味が分からへんというのは消えていってもおかしくないような噺ですよね。
米朝  『上方噺』なんて活字になって載ってるけどね、あれを憶えようてなもんが次々現れてくるとは思わなんだね、私は。
聞き手  でも後継者もこうしていらっしゃいますしね...
小米  (笑)
聞き手  そんな笑うてる場合じゃないでしょ。
小米  あの、だから、その、『発端』の「ようよう上がりました」でもね、ちょっとずつ人間が変わったらね、リズムとか、間が変わってくるんやないかなと思うんやけど、だいたい一緒ですね。
ざこば  お経みたいなもんや。
聞き手  よく師匠が『口さばき』で間の取り方をと仰ってましたけど...
米朝  あれはやっぱりやった方がええと思いますな。お客の前でやる、やらんは別として、あれを稽古するということ絶対プラスになる。世間の人はあんなもん憶えたってな、何の役にもたたへんけど(笑)
小米  あんなんね、普通の家では稽古出来ないですよ。やかましい言われて。
ざこば  このリズム、ドラマーでも難しいんやて。(実演)
小米  我々これ1ヶ月でやりまんのにね〜
米朝  無理なリズムかも分からんな。妙なこと稽古させられたもんやな(笑)うちの(米團治)師匠はこんなこと毎日のようにやらされて、「アホか」と思うたんやて。
小米  (笑)50年以上前でもそう思ったんですな〜
米朝  50年やあらへんで。
小米  もっと前ですね。
ざこば  米團治師匠の若いときやから7〜80年前かもしらん。それを教えるお師匠はんがいてて、百年前から叩いてたんやな。アホやな(笑)
一同  (大笑)
米朝  そんなん聴く客、5人に1人もおらへんで。
小米  まだまだこれから誰かが受け継いでずっといかないかんのやけどね。
米朝  いや、それをまた受け継ぐというアホがまだおる。
小米  兄さんのお弟子さんには?
ざこば  都丸には『発端』やったな。それはなんでか言うたら、師匠に教えてもろうた方で教えだしてるやん。この頃は僕も商売人になってきたから、「『叩き』憶えるより『子ほめ』先憶え。すぐ使えるぞ」と。そういうふうになってしもうた。
聞き手  小米さんの所にも「教えてくれ」という若い人が来はるんですか?
小米  たまに稽古するんですけどね、今、師匠のビデオとかありますからね、それで憶えてきてくれと。僕は出来ないけれど、言うことは出来るからと。そんな稽古ですね。
聞き手  教える方はしんどいんですよね。
米朝  しんどい、しんどい。
ざこば  しんどいですけどね、それは、師匠もやってきはったんやから僕もやっていかないかんと思うから。例えば『崇徳院』教えてくださいと。ほんなら昔師匠に、「『崇徳院』教えてやってもいいですか」と言ったら「わし、しんどいからお前教えてやれ。最後わしが聴いてもいいし」ということやったから、来たら僕、教えてやろうと思うけど、春團治師匠の『お玉牛』はキチッと直して自分流に変えてる。それを教えてくれと言うから僕は「それはあかん。僕が三代目師匠に“教えてやっていいですか”とは言いにくい。あんたが三代目師匠に“教えてください”と言いなさい。それでなんか言われた場合、“ざこば兄さんに教えてもろうてよろしいか”」と聞いて、来る分には良いけど。そういうのは断りますね。そのうち勝手に憶えてやってはる人いてるけど、少しそういうマナーと言うか礼儀みたいなんは僕も師匠に習うてますからね。
聞き手  大元がいてはるのやったらいっぺんそこでちゃんと習って、後は自分の工夫と言うか...
米朝  もうなかなかそれだけの余裕がないんか、世間がせわしないんか...
ざこば  間、例えば20なら20。年数が何年かたてば師匠はお手本なしで、師匠の耳学問でこしらえてきはったのは、基本があったからと思うんで、ある程度基本が...。『ある程度』というのは難しいですけどね。頑張って自分流にやっていかな仕方がないと思う所もありますね。
米朝  結局はそうや。また自分の工夫とか、やり方とかなかったら嘘やし。
小米  師匠はネタに「一カ所でもええから、自分のええ物を残せ」と言うようなことをおっしゃいますね。
米朝  それはうちの師匠がそう言うてたんや。
聞き手  でも『叩き』がなんでやねんとか、工夫とか米團治師匠は非常に賢い方ですね。
米朝  理論を入れた人やね。それまで全然なかった、上方落語にね。書いてるもんなんか読んでも大変な理論家や。

聞き手  米朝師匠、最近ちょっとお年召して、「しんどい、しんどい」いうてますが...
小米  ちょくちょく会うてるからあんまり分からへんのですわね。
ざこば  昔、枝雀兄ちゃんが圓都師匠を見はって、「もう何言うはってもええで、もうこのお年になったら何言うてもええやんか」言うのを僕は今のちゃあちゃんを見て思いますね。兄ちゃんよう言うてくれた思うてね。もうちゃあちゃん何言うてもよろしいやん。もうすぐ81でしょ。
小米  僕ら7〜8年前にね、東京の小さん師匠を見た時にそう思いましたね。
ざこば  今さら勉強する、一生勉強やなんて方おられるやん、それは形で言うてるんか知らんけど、勉強出来るんかいと思う(笑)
米朝  まぁ〜、この年になってもなるほどなと気が付くこともあるからな。だけどはっきり言うて、気が付いてもそれをどういう風に生かせるかな、もう次の日忘れてるかも分からんしな。
小米  まだまだ80やからね。
ざこば  そういうか、自分。そりゃ師匠しんどいやろ。
小米  いや、師匠しんどくないんです。師匠そんなこと考えたらしません。師匠、今日一日良かったらそれでええんです。
米朝  (笑)
小米  明日はまた明日なんです、ね師匠。
米朝  お前はずっとそれで来てるからな。
一同  (大笑)
小米  師匠がそう言うたんです。もう今日のことしか分からん。明日は生きてるやどうや分からん、それでよろしいと。明日の朝目覚めたら生きとった。ほならまた今日一日で、と言うその繰り返しで行こか、と師匠言うたんです。これええなと思うて...
米朝  それでええやん。
ざこば  いや、これええなと、お前はまだ早いぞ
聞き手  (大笑)
小米  80になった時にそう思えたらええなという話です。
ざこば  そりゃええよ。
聞き手  80って、30年ほど先ですから。
小米  その前にあきませんわ。
聞き手  なんでですのん?

←前回へ 次回へ→
扇子

line
人物紹介 放送内容 お便り トップページへ

line

©ABC 2006
| abc1008.com |