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スペース 1月14日第88回
〜今週の米朝よもやま噺は、一門の桂小米朝さん、そして孫弟子にあたる『歌々志』改め、三代目桂歌之助さんをお招きしました。聞き手は大阪ABCラジオのプロデューサー、市川寿憲です。1月10日ABCのスタジオで収録しました。〜
聞き手  1月5日に襲名されました、三代目桂歌之助さん。そして、その襲名に非常にお力添えになった小米朝さんにもお越しいただきました。歌之助さんは昭和46年(1971)3月大阪府高槻市のお生まれですが、ずっと高槻ではなかったんですか?
歌之助  小学校の途中から京都に行ったり、でもまぁ滋賀県の大津市で育ちました。
聞き手  大学は関東なんですね。
歌之助  千葉大学に行きまして...
聞き手  国立千葉大学 工学部 建築学科
米朝  工学部というのがなぁ〜、建築学科というのも不思議やしなぁ〜。
歌之助  (笑)
小米朝  でも先代の歌兄ちゃんも理数系でしたよね。
歌之助  建築を目指してはった...
小米朝  あ!!!!!!!そうなん?
米朝  目指してたんか!?
歌之助  2年浪人して...
小米朝  あの方はそれこそ団塊の世代まっただ中、受験戦争厳しい時ですから、あんなに賢い、秀才が、2回とも落ちはった...
歌之助  私も2浪なんです、ちなみに...
小米朝  わ!!そこまで一緒
米朝  (笑)
歌之助  私はちゃんと入ったんですけど(笑)
聞き手  ええ師弟ですね。
小米朝  ちゃんと入った。師匠が出来へんかったことを...
歌之助  ちゃんとしたんです。
聞き手  師匠を越えてるわけですね、入門前から
歌之助  すでに(笑)
聞き手  それで平成9年(1997)に入門されてるんですね。25、6(歳)
歌之助  25ですぐ26になりましたね。
米朝  今でもちょっと遅い方やな。
歌之助  とにかく記憶力がどんどん無くなりますから...
一同  (笑)
歌之助  米朝師匠にも言われたんですが、「とにかく早く、いろんな噺を憶えろ。やるやらんは別にして憶えろ」
小米朝  もう年取ったら記憶力なくなりますからね。
米朝  もうそれはね、えらいもんやで(笑)
一同  (笑)
聞き手  なんかそれは誘導尋問のような...(笑)なんで歌之助さんの門を叩いたんですか?
歌之助  最初は(桂)雀々師匠のところへ。自分とまったくタイプが違う人なんで、自分にないものを吸収出来るかなと、それで自分を広げようと思ったんですけども、あんまり違い過ぎるのも、師弟って密度濃いですから、一生続く関係ですから、これちょっと違うかなと思いまして、先代の歌之助は共通点が非常に多いので自分に合うんじゃないかなというのが、一番大きな理由ですね。
米朝  で、先代はすんなりと許可してくれたん?
歌之助  あの、わりとすんなりと思うんですけれど(笑)
聞き手  それで入門が許可されて最初についたお名前が『歌々志(かかし)』というんですよね。この由来は?
歌之助  うちの師匠としては、米朝師匠の『米』と『かかし』は縁がありますね。それで『かかし』という響きがまずあって、雀々師匠のところへもいっぺん弟子入り志願に行っているので、『々』を入れたんです。
聞き手  なかなか律儀ですな。
歌之助  そうですね。最初は『歌々子』だったんです。それでうちの師匠が米朝師匠に、「『歌々子』とつけます」と言ったら「下が小さい」『歌』が大きくて『子』は小さいんで、「『志』にしたほうが下がどっしりするんじゃないか」という米朝師匠の御意見も入っています。
小米朝  へぇ〜
米朝  忘れてるは私...
歌之助  (大笑)
小米朝  でもそれはね、その通りだとも言えますね。
歌之助  名前としても僕は気に入っていましたのでね。
小米朝  あの歌之助兄さん、先代は、厳しい方でしたか?
歌之助  声を荒げて怒るということはなかったですね。
米朝  ま、そうやろな。
歌之助  わりと学校の先生と生徒というような雰囲気に見えたみたいです。
米朝  あ〜、そうかもしれんね。そんな感じやったと思うな。
小米朝  理屈が先にくると...

聞き手  内弟子の経験はされたんですか?
歌之助  通いだったんです。うちの師匠も照れ屋なんで、通いであっても朝一番に行って夜まで家の用事をしたり、お稽古したりするんですけども、私の場合は師匠の家へ行くのがお昼の1時。
聞き手  おそ!!!!!!!!!!!! 1時って!!!
歌之助  で夕方時分になりますとたいがいどこかで落語会やってますから、そのお手伝いに行くんで、4時には家を出るんです。だから1日3時間のお付き合いという...
聞き手  3時間以上いて欲しなかった。
歌之助  もうダレると云うか、ずっと横にいられると困るという...
聞き手  せっかくですから先代の、二代目歌之助さんの『骨釣り』のマクラのところで、「太鼓持ちが昔おりましたな」というくだりのあたりが非常に面白いんで、その噺をお聞き頂きましょう。
米朝  その噺、私も聞きたいなぁ〜
歌之助  懐かしい...
  (レコードから)
聞き手  非常に軽やかな...
小米朝  舞台に登場されて、第一声が何か息を抜いて、「へ〜、なんでございます」というあれがね、懐かしいですね。
聞き手  師匠、先代は、お若い時からこんな感じだったんですか?
米朝  重たいことはなかったけどね、せやけど、どんどん変わりましたな、彼は。まぁまぁ噺家なんてぇのはたいがいどっかで変わるもんなんやけど、彼は“あれがきっかけでがらっと変わった”というようなことはなかったように思いますな。
聞き手  亡くなったのが55(歳)でしたっけね...
歌之助  そうです。
聞き手  若いですよね、まだね。
小米朝  うちのオヤッサンが若いとき「55で、亡くなる」ってずっと言い続けてはりましたよ。
聞き手  そうですね。
米朝  あれの話をするとまた長うなるから...
聞き手  (笑)

聞き手  前回(12月10日)も先代の歌之助さんの話をね、さして頂いたんですね。普段は律儀な方で、落語にも真面目に取り組まれるんだけれども、1滴お酒が入って、どっかで境目になると人品が変わるという...
小米朝  う〜ん
米朝  (笑)
小米朝  あの川柳がありましたね、それを詠んでる。
歌之助  はい。「飲む前は律儀と遠慮の人なのに」
一同  (笑)
聞き手  なんでこんなに変わってしまうのか、と言う...。やっぱりお弟子さんとしても、被害と言うか、なんでやねんて経験はありましたか?
歌之助  これがですね、私が入門する直前に、お酒を飲み過ぎて身体を壊したんです、急性膵炎になって。それから1滴も飲めなかったんです。だから僕は唯一見習いのときに1回お酌しただけなんです。
聞き手  へぇ〜
小米朝  飲んでも思っておられることを口に出さないんですよ、だから我慢したりとか、遠慮したりとか、ずっと我慢して、我慢して、我慢して、かなりアルコールの量が入った時に、「じゃかぁ〜しいわい」っていう台詞が出たときちょうど前に米朝師匠がいてはった...
歌之助  (笑)
小米朝  そういう不運な方でございます。
歌之助  印象はずいぶん違いますね、他の人がいう、うちの師匠の。ええ
小米朝  むしろ看病をしてる時のほうが長かったんじゃ?
歌之助  まずですね、入門する時は病室にいてはったわけですね。直接の、亡くなった原因じゃないですよ。だからうちの両親が挨拶に行くのも病室へ(笑)
小米朝  (笑)
歌之助  点滴の管がつながってる人に「うちの息子、宜しくお願いします」うちの親も心配やったと思いますけど。大丈夫かなこんな人に預けて...
聞き手  芸人としては誠に尊い人やけど、わざわざ病気してる人のところいかなくても...
歌之助  うちの親はそのとき医者やってたんです、まだ。もう引退しましたけど。点滴見て、「あ〜この薬か」(笑)
聞き手  どこが悪いんや、これは(笑)
小米朝  診察して帰ったん...
歌之助  (笑)まず入門がそれでしたからね。
小米朝  最後。歌兄ちゃんのね。最後の言葉、あなたが聞いたの“なん”でした?
歌之助  直接はなかったんですけども、9月から入院して年明けて1月2日に亡くなったんですけれど。入院して一月ぐらいして体調が良くなって病院の中で落語会をやったんです、患者さんがお客さんで。そこで本当に最後の高座をして、その後に今日はありがとうとお手紙頂いたんですけど、そこには「あなたと私がご縁出来たのは、私の自慢です」と書いて頂きました。
米朝  おお...
聞き手  それは嬉しいですね。非常にお弟子さんのことを可愛がってはったというふうに聞いていますよ。
小米朝  本当に実の息子のように可愛がってはりましたですね。
歌之助  子供さんが実際いてはらへんかったんで、年格好もちょうど息子ぐらいなので...

聞き手  先代がお亡くなりになったのが、平成14年(2002)1月2日。
歌之助  5年前ですね。
聞き手  米朝一門会の初日の日という、ね...
小米朝  みんなが「明けましておめでとう」いうときに、「お悔やみを申し上げます」
一同  (笑)
聞き手  これが最後の歌之助さんのしでかしたこっちゃなぁ〜という...。でも2日は米朝一門にとっては思い出の日ですもんね。
小米朝  だからみんなが思い出さざるを得ない日にお亡くなりになったんですよね。
歌之助  だから毎年思い出してもらえるという。
聞き手  それは本当にすごいですよね。
小米朝  で、5年経って、あなたが襲名したわけですね。維久子姉さん、つまり先代歌之助夫人も喜んではったでしょ。
歌之助  本当に。まず米朝師匠のお力添えが頂けるということが、何よりも嬉しいと言うてはりましたですね。

米朝  『歌之助』言うたら皆、『験の悪い男』とすぐ思い浮かべるぐらい彼は、何かやると事件が起こったりね。
小米朝  独演会やったら、古くは千日デパートが火事、天六ガス爆発。東京ではホテルニュージャパン火災、飛行機が落ちたりとかね〜。
聞き手  襲名の口上の時も言われてましたね。
歌之助  (笑)
聞き手  歌々志さんが歌之助襲名の口上でひれ伏してる横で、米左さんがこんなこと起こった言うて...
歌之助  (笑)
小米朝  非常に験の悪い口上で(笑)いやその禍い転じて福となすと言う言葉があるように、新歌之助さんがですね、それを転じて頂けそうですよね。
米朝  もう『歌之助』は験の悪い名前ではなくなる。それは思います。
歌之助  ありがとうございます。
小米朝  襲名してどうですか?前と今で気分が変わったとか?襲名ってこういうことやって実感したとか?
歌之助  やっぱりあの〜、こんだけ皆さんに「おめでとう、おめでとう」と言われた襲名当日は夢のようでしたね〜(笑)口上で幕が開いたときに「東西東西」って僕は全然知らなかったんですけれど、袖に沢山噺家の方が来て頂いていたんですけれど、皆さん合唱して「東西...」って。横からは噺家の身内に応援されて、目の前はお客さんが拍手してる、この両方が来たんで、あの時は本当に胸いっぱいになりましたですね〜。
聞き手  またこれ、師匠の名前を継ぐというのもね。感慨もひとしおですよね。
歌之助  ええ、ありがたいことです。
聞き手  亡くなられた先代の歌之助師匠にはご報告されたんですか?
歌之助  前日、仏壇に手を合わせて、「明日頂きます」ということで...
一同  (笑)
小米朝  なんや、ご飯食べてるような(笑)

聞き手  で、襲名の1月5日の落語が『寝床』。これをお出しになった理由は?
歌之助  うちの師匠がよくやってたネタで『寝床』とか『茶の湯』とか、いろいろ考えたんですけども、『寝床』は明るくて...。言うても襲名したときまだ、丸10年にもならない、私自身は若手なんで、はじけるような落語をしたかったんで、それで『寝床』を選んだんですけどね。
聞き手  番頭が最初にいろんなことを言う、なかなか古い型ですよね。
歌之助  うちの師匠が圓都師匠から習ったと聞いてますんで...。
米朝  東京のね、『寝床』言うたら黒門町(八代目桂文楽)の『寝床』が印象に残ってますから、東京の人は思い浮かべるもんはあれしかないやろうと思いますけどね。圓都師匠の古風な『寝床』はまた、貴重なもんやったな。ああいう型はもう誰もやらなんだしね。どっちかというたら、やっぱり古風やさかい、無駄やと言うたら無駄なところがあるかも分からん、長いしね。で、黒門町の『寝床』というのはちょっとまとめあげて、洗い上げて、すっきりしすぎてるような『寝床』やったさかいな。で、またそれしかね、東京の人は知らんわけですよ。圓都師匠の『寝床』は誰も聞いたこと無かったやろうと思うわ。
聞き手  ないでしょうね〜。でも新歌之助さんのを伺っていると、ここは枝雀さんの美味しいくすぐりが入ってんな、お師匠はんのも入ってんなと。そのイキがね、2007年1月5日用にちゃんと出来てるなと思いながら、聞いてましたけどね。
歌之助  ありがとうございます。
小米朝  やはり枝雀兄さんのはね、印象強かったですもんね〜。どうしても影響されますよね。
歌之助  そうですね。
米朝  強烈やったからな。
聞き手  それでまた僕はね、枝雀さんの『寝床』の印象はね、『枝雀』を襲名したときにレコードが2枚でたんです。それは『寝床』と『鷺とり』が裏表になってる『寝床』が誠に面白かったんです。まだホワホワと言わへんぐらいで一所懸命やる、ちょうど変わり目ぐらいの時。
小米朝  あ、そうですね、ありました、ありました。
聞き手  これは面白い『寝床』しはんなぁ〜と思うて、ドンドンドンドンまた変わっていきはる...
一同  はぁ〜(笑)
聞き手  もっとおかずが増えていくんですけどね。
小米朝  おかずが増えるちょっと前のとこね、はいはい。良かったですね〜。
聞き手  あ、芸人さんて変わっていくんやなと思う、過渡期でね。それがどこか昭和48年の襲名のときに吹っ切れはったようなところありましたよね。
米朝  確かにそうですな。あれがきっかけやったんやな、襲名が。
小米朝  やっぱり襲名って言うのは、吹っ切れるんですね。吹っ切れましたか?
歌之助  (大笑)なんか吹っ切れた気になってきました。
聞き手  でも新歌之助さんは米朝師匠にお稽古を付けて頂いたことは?
歌之助  ないですね。金比羅の勉強会とか、ああいうところでいろいろご意見頂いたことはあるんですけど。
聞き手  米朝師匠から、こんなご指摘とか、御意見というのはあったんですか?思い出深い。
歌之助  いや、ま、多々、あの(笑)
聞き手  ここでちょっとご披露頂けるようなことがあれば...
歌之助  え〜、『阿弥陀池』を金比羅でやらして頂きまして、それこそ短い『阿弥陀池』やったんですけども、「誰に習うたんや」「桂喜丸兄さんです」「それはテキストが悪い」(笑)
小米朝  あんた自分をけなさんと...
一同  (大笑)
小米朝  死んだキマやんけなしてどないするんや、あんたほんまに...(笑)
歌之助  喜丸兄さん追善ということで...
小米朝  あ〜、なるほどな〜
歌之助  思い出には残ります(笑)
聞き手  えらい思い出やな(笑)でもあの金比羅でね、米朝師匠がね、横でずっと恐い顔して帳面つけるなり、メモ見てはって、そこでネタをやるというのは、どうでしたんですか?
歌之助  そりゃもうお客さんよりも、米朝師匠の...、また見えるんですよね。そちらが気になって気になって。あ、今なんか書かはった。なにがあかんかったんやろ、今、今言うた台詞は。っていう(笑)
小米朝  そうそう、腕が動くだけでね。
歌之助  気になりますね。
小米朝  よう見たらタバコをポケットに、の仕草やったんやけど、それでも気になるのやね。
聞き手  小米朝さんも気になりました?
小米朝  今なおなってます。

聞き手  最初に歌之助さんが師匠につけて貰ったネタは何ですか?
歌之助  『道具屋』でしたね。僕が入門したとき、入院してたんで...
聞き手  ややこしいな。
歌之助  (笑)叩き『東の旅・発端』は米左兄さんのところで習って、その後『子ほめ』を米二師匠の所で習って、それから『道具屋』をうちの師匠に習ったということで...
小米朝  それは病室で?
歌之助  病室ではなかったです。退院してから、さすがに...
聞き手  教える時はわりときっちり教えはるんですか?
歌之助  はい。これはどうなんでしょうかね、最初に教えてもらって、家に帰って稽古して次のときにやると、2回目は言うことが違うということがよくありまして...あの...
小米朝  それはでも、師匠?
米朝  それは違い方によるわな。どっちでもええ場合が多いけどな。どっちにしろ、教えたらきっちりした方やったと思うな。
歌之助  きっちり教えるからなのか、お稽古に来られる方は非常に多かったですね。他の一門問わず。
聞き手  歌之助さんは米朝師匠のお酒のお相手っていうのはないんですか?
歌之助  一度、姫路の米朝師匠の独演会で、トップに出して頂いて、その帰りにお家に寄らして頂いて、差しで...
聞き手  差しで!!!
歌之助  はい。
聞き手  夜とともに
歌之助  夜とともに、飲まして頂いたことがありまして、一生の思い出ですね。
聞き手  どういうお話をお伺い出来たんですか?
歌之助  え〜と、そ〜れはちょっと憶えてないんで(笑)
一同  (大笑)
米朝  それはもうな、ええかげんなことを言うてた...
聞き手  一生の思い出が全然憶えてない(笑)
歌之助  せやけどうちの師匠の若い時のお話を伺いました。そうです!! それで僕も初めて聞くお話が多かったんで本当にもうおかしかったですね(笑)
米朝  (笑)
聞き手  面白いですね〜。
歌之助  そうですね〜、そういうのは...
小米朝  ま、うちの一門の特徴ですよね。酒飲んだらドンドン話出てね、で酒出たら何喋ったか分からなくなる(笑)
一同  (大笑)
聞き手  どうなんですか。『歌之助』襲名されて、こんなことしたい、こんな噺にも挑戦したい、当然おありになると思いますけど、お話し出来ることがあれば。
歌之助  やっぱり幅広い、タイプの違う噺を憶えたいなと思ってます。芝居噺であるとか、滑稽噺はもちろんですけども、あとはちょっとホロっと来る噺でありますとか、そういう幅広く、バランス良くというそういうなんを目指したいですね。
米朝  ほぉ〜

小米朝  1月5日にワッハホールで最初の襲名披露公演が終わりまして、繁昌亭もあり、で3月は東京へ行くんですよね。
歌之助  3月1日、そうです。
小米朝  3月1日東京の内幸町ホール
聞き手  それからまたそごうに帰ってあったりするんですね。
小米朝  4月にまた...
聞き手  そごう劇場で
歌之助  それが最後ですけれど。
聞き手  でも頑張って頂いてね、新しい上方落語をね。小米朝さんの一つも二つも若い世代になるわけでしょ。頑張って裾野を広げて頂いて。
小米朝  本当に米朝一門にとりましてもね、久しぶりの慶事でございますので...
米朝  まだ骸骨の(「善光寺骨寄せ」)あれはやってないのん?
歌之助  あの〜、骸骨自体は残ってるんですけども、使い方が本人しか分からず、そのまま死んでしまって...。僕、結局教わってなかったんで
聞き手  え!?教わってないんですか?
歌之助  教わってないんです。
小米朝  あれがね、お蔵入りになるらしいんですよ。
聞き手  それはあきませんね〜
歌之助  いやだからあの〜...
米朝  いやいや、道具があるさかい、やれるよ。
歌之助  ええ。自分でも作るかですね。
聞き手  今あるけど、操作の仕方が分からない。どうやったら骨が集まってくるか分からない。
歌之助  それは作ったほうが...。でもうちの師匠も気に入った骸骨に行き着くまでに何回か、あの骸骨も3代目か4代目なんですね。
聞き手  なんか、小さいものから、めちゃめちゃ大きいのになって、ちょっと中ぐらいになったりとか試行錯誤があったらしいですね。
歌之助  ですからいきなり僕が使うのもあれなんで、自分で苦労して作ってっていうのを...
小米朝  工作は得意なの?
歌之助  え〜.........あんまりあれなんですけれども...
小米朝  工学部建築学科やろ?
歌之助  なんですけどもね...。いや、ま、あの建築は合わなかったからこっちに来た(笑)
小米朝  あ〜そうかそうか。
歌之助  でもいろいろな人から言われますんで、「『骨寄せ』どうすんの?」「やります」と言うてますから。
聞き手  やっぱり『歌之助』のお家芸になってますよね。
米朝  そうや、あんなもん、誰もやったことないしな。
聞き手  他にやり手がないということは、オンリーワンですからね。
歌之助  そうですね。
小米朝  あ〜本当や
聞き手  オンリーワンの芸は売りもんになりまっせ。
歌之助  そうですね。何とか受け継がないと。
米朝  まぁまぁ、ああいうタイプはなかったさかい、『骨寄せ』は何とか伝えて欲しいです。
歌之助  ありがとうございます。頑張ります。

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扇子

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