番組ロゴ放送内容

4月1日第49回
4月9日第50回
4月16日第51回
4月23日第52回
4月30日第53回
5月7日第54回
5月14日第55回
5月21日第56回
5月28日第57回
6月4日第58回
6月11日第59回
6月18日第60回
6月25日第61回
7月2日第62回
7月9日第63回
7月16日第64回
7月23日第65回
7月30日第66回
8月20日第67回
8月27日第68回
9月3日第69回
9月10日第70回
9月24日第72回
1月14日第88回
1月21日第89回
1月28日第90回
2月4日第91回
2月11日第92回
2月18日第93回
2月25日第94回
3月4日第95回
3月11日第96回
3月18日第97回
3月25日第98回
スペース 2月4日第91回
〜今週の米朝よもやま噺も、桂吉弥さんが師匠のお相手を務めます。吉弥さんは先日、上方落語の大ネタ『地獄八景亡者の戯れ』に初めて挑戦しました。この『地獄八景』は大師匠の米朝さん、そして師匠の吉朝さんが、どちらも十八番にしていました、上演時間が1時間半近くになる長講の落語です。聞き手は大阪ABCラジオのプロデューサー、市川寿憲です。1月25日ABCのスタジオで収録しました。〜
聞き手  桂吉弥さん。吉朝さんのお弟子さんで、平成6年に入門。神戸大学教育学部をお出になって、噺家になっていると言う。
米朝  せやけどね、教育学部を出て、何も先生になるとは限らへんからな。
吉弥  僕はほんまに、教育実習も行きましたけれど、「あ、これはあかんな」と。「こんなしんどい仕事、出来へんな」思うて。
聞き手  かなんなぁ、そんな国立大学行かれて...
吉弥  ざこば師匠にも言われましたわ。「お前人の(税)金で学校行っとって、なんで教師にならへんねん」言うて。
米朝  (笑)
聞き手  そうそう。
吉弥  めちゃめちゃ怒られましたよ。「私立やったらかめへんけどな、俺らの金で行っとんのやろ、お前。なんで先生にならへんのや」と、よう言われました。教育実習は行きましたけど、就職活動はせずに。もう学生のときに、うちの師匠、吉朝のところに行きまして、弟子にしてくれと...
聞き手  それは大学のときに?
吉弥  大学5年のときに...
聞き手  5年!!?? 普通、師匠、4年ですよね。
米朝  1年仰山行った。
吉弥  はい。だから学生しながら稽古に行ってたんですよ。『東の旅の発端』とか。ほんでまぁ、吉朝の弟子になったんですけれど、米朝師匠のお宅で、内弟子をさしてもらいなさいということで、うちの一番弟子があさ吉なんですが、あさ吉、吉弥、米吉、しん吉、吉坊、佐ん吉、吉の丞までね、7人米朝師匠のとこで...
米朝  内弟子も3年ぐらい経つと、他所のお弟子さんでもっと経歴積んでるやつより、変な言い方やけど、間に合うと言うかやね、言うことが分かるようになる。これはえらいもんやね、やっぱり。内弟子してるやつはすぐ分かる。
聞き手  やっぱり、吉弥さんが全国の人に知られたひとつは、NHKの大河ドラマ、『新撰組』にご出演されたことですよね。
米朝  全国版やからな。
聞き手  そうですね。
吉弥  いまだに地方とか行っても言われますしね。
米朝  あれは本当に、なんで知ってんのやというような役やのに、知っとるな。全国区というのはえらいもんやと思う。
吉弥  でまた、新撰組というのが、ごっついマニアが多い題材なんですよ。
聞き手  そうそう、我こそは一番「新撰組」のことを知ってるぞと言う人がいますよね。沢山ね、それも。
米朝  戦時中ならともかく、この時代に新撰組にそんだけ魅力があるんやろか?
聞き手  師匠はその吉弥さんが出られていた『新撰組』はご覧になってたんですか?
米朝  何遍か見てる程度ですわ。
聞き手  彼が出てるところを...
米朝  出てるいうさかい、見たんやから。
聞き手  いかがでした?
米朝  いや〜、もう、そんな、印象に残ってへんわ。
吉弥  (大笑)

聞き手  誠に素直な、的を射た御意見で...。それで天狗にもならずね...。先週ちょっとお芝居の話で、『地獄八景』の話をしましたけども、大阪で1回上演されたんですね。
吉弥  12月26日に...去年の年末に、天満天神繁昌亭でネタおろしでやらして頂きました。1時間10分ぐらい...
米朝  普通にやったらそんなもんやな。
聞き手  お稽古は付けてもらったんですか、米朝師匠に?
吉弥  いや、「米朝師匠、やらして頂きます」ということで...はい。
米朝  あんなもん、稽古なんてつけられへん。
吉弥  (笑)でまぁ、米朝師匠とか、うちの師匠、吉朝のを参考にさせて頂いて。
聞き手  師匠の吉朝さんの『地獄』で一番印象的なのは、芸づくしのところのね、閻魔大王に何か芸を披露したら極楽へ、というとこに、吉朝師匠は、噺家の出の物真似を...
米朝  そうそうそう
聞き手  僕らでは考えつかないような...
米朝  一々三味線弾かしてな
聞き手  出囃子をこう...
吉弥  『昼飯』ならして枝雀師匠の真似で出てきて、『三下り鞨鼓』で米朝師匠で出てくると言う。
聞き手  『野崎』で三代目春團治師匠とかね。あれはよう出来た芸ですよね。
米朝  お客が、手、叩くんやてな、あれ。
聞き手  あれはやっぱり、あそこだけ見てても「ほぉ〜」と感心しますよね。器用なお方でしたね。
米朝  あれはいいアイデアやったね。そういうことうまかったからね。
聞き手  で、吉弥さんは米朝師匠の生の『地獄』もご覧になってますね?
吉弥  いや、米朝師匠の生は見てないですね。
聞き手  あ、そうですか。で、ご自分ではどういう演出で。ここが吉弥の『地獄』やというのは?
吉弥  僕がまず考えたのが、吉朝がやってた通りにやらしてもらおうと。うちの師匠は亡くなって、いないので、僕はおこがましいかも分かりませんけど、吉朝という、こんなやつがおったんやというのをお客に聞いてもらいたいんですよね。
米朝  う〜ん
吉弥  つまり見てんのは吉弥やけど、「こいつの師匠誰や、ああなるほど吉朝か」と。そんなやつがおったんやということを、思ってもらいたいというのがあったので、今回の『地獄』もうちの師匠の演出にほぼ近づけて。で、うちの師匠に米朝師匠が言うてはんのを横で聞いてたので、何度か『地獄』をやってる時のアドバイスとして、米朝師匠が言うてはったのは、「いろんな枝葉が出てもかめへんけども、これという幹を通してるのは、吉朝の『地獄』や」と。やっぱりその幹がしっかりしないと、ということを聞いていたので、それを評価してもらった吉朝の型でやらしてもらおうと。それで落語家の出のところですけど、ごっつう期待されたんですよ。
聞き手  (笑)
米朝  (笑)
吉弥  吉朝さんがやってたので、吉弥もやるやろうと、期待されたので...。僕ね、出来るかもしれませんけど、あないに似ては出来ませんわ。三代目師匠みたいに高座上がる前にお辞儀してとかね...。それで何しようかと考えまして、ちょうどと言うたらおかしいですけど、内山田洋とクールファイブの内山田さんが去年お亡くなりになっているので、唄歌おうと。
聞き手  ほぉ〜
吉弥  で、僕は結構歌が好きなもんですから、『長崎は今日も雨だった』を替え歌にしまして、閻魔大王様に「唄歌わしてください」「お前は誰や」「内山田洋です」「おう、その方も来たところやな。ほな歌うか」「準備がありますんで」言うて下がって、これ反則なんですけど暗転にしまして...
聞き手  うわっちゃ〜
吉弥  内山田洋の『長崎は今日も雨だった』のカラオケを放送局から録ってきてもらって...
聞き手  聞きました。「なんか知らんかったんやけれども、カラオケ作ってくれと頼まれたんや」と言うておりました。この番組のディレクターが。
吉弥  で、それを大ボリュームでかけて、ピンスポットで歌ったんです。『長生きはどうも亀だった』という替え歌で...
聞き手  (大笑)
米朝  (笑)万年やからな。
吉弥  ええ、鶴と亀とを比べたら「ああ、長生きは、どうも亀だった」と歌いました。
聞き手  シャレてますよ。
米朝  ウケたやろな。
吉弥  ウケましたね(笑)暗転にしてスポットライトでムード歌謡流したとたんにウケましたね。つまり吉朝の真似をするんやないかとか、文我兄さんやったら浄瑠璃で「犬のおまわりさん」を歌ったりとか、都丸師匠やったら相撲甚句やとか...
聞き手  それは吉弥さんのオリジナルですもんね。どうでした1時間10分通してやった感想は?
吉弥  やっぱりしんどくなってくるのは4人の亡者が熱湯の釜に放り込まれたり、針の山へ上がったり。人呑鬼のお腹の中での、くしゃみしたり、笑ったり、あそこが1時間やった上でそこのシーンが来る...しんどいですね〜。
米朝  そうや。あれがしんどい。
聞き手  米朝師匠もそうですか?
米朝  初めてやった時なんかもう夢中やからな、そんな思うてへんけども、いろんなことを考えてくるとやっぱりね、人呑鬼がしんどい。あんな噺を故人が残してくれたと、それはえらいもんやと思いますよ。最も五代目(笑福亭松鶴)なんかもね、今日はここの部分、今日はここの部分と、そんなもん全部通してやった人はあんまりなかったと思うな。
聞き手  戦前はなかったですか?
米朝  ええ。五代目かて、どこか端折ったり、飛ばしたり。そうせんとやれんわな。

聞き手  古い音源がありました。五代目師匠は『弥次喜多地獄旅行』というタイトルにしていらっしゃって、SPで2枚『三途の川の巻』と『閻魔大王裁きの巻』があるんですが、今日は後の方、『閻魔大王裁きの巻』を聞いて頂きます。
  (SPレコードから五代目笑福亭松鶴『閻魔大王裁きの巻』を)
米朝  これSPレコード2枚で、ようまとめてあった。
吉弥  それより五代目松鶴師匠が言うてることを、自分も舞台で言うてるということが、ありがたいですね。
米朝  (笑)
聞き手  米朝師匠が作りはったと僕たちが思っていたクスグリ、例えばガス会社に『火の車』を貸してるやとかね、あれはもう戦前からあったんですね...
米朝  五代目が作ったものがかなりあると思います。あの人新しかったさかいな。
聞き手  だって、はめものにピアノが入ってましたよね。
米朝  (笑)
吉弥  そうですよ、僕のカラオケより前にね(笑)
聞き手  五代目松鶴師匠の『地獄』は生でもお聞きになってるんですか?
米朝  うん生でも聞きましたよ。二遍ほどね。けど、そない1時間なんぼも、というんではないけれど、やっぱり長かったことは長かった。
聞き手  あ、そうですか。やっぱりキタの花月ですか?
米朝  姫路であたしがやった落語会にね、やっておくんなはれと頼んだら、それ一席ではなかったんやけども、かなり長々とやってもろうたな。

聞き手  ほぉ〜。で、これ戦後によく師匠が仰る、文の家かしく師匠が『地獄』をやると...
米朝  ええ、これ京都の落語会でやるというんで楽しみにして聞きに行ったら、これが全部、発端から下げまで通してやらはった。
聞き手  やっぱり発端からサバを食べて死んだ...
米朝  それは一言、言うだけやけどね。1時間はなかったと思うけど、40分以上あったかな。で、芸回しもあったし、芝居町やとかね。かしく師匠は長年、踊りで勝負をしてた人で、言葉が不明瞭なんですよ、喋りが。分からんとこもあったけど。
聞き手  その時は演題も『地獄八景』
米朝  『地獄八景亡者の戯れ』と書いてあった。
聞き手  たくさん古いくすぐりが残ってたと仰ってましたね。
米朝  そうそう。もう一々憶えてないけど、それにしてもよう憶えてはるなとビックリした。
聞き手  かしく師匠はどなたに習うたとか仰ってたんですか?
米朝  それは聞いてないけどね、若い時は再三やってはったんかな。
聞き手  一番ウケるひとつに、地獄の芝居町で、ずっと行ってるときに、「桂米朝 近日来演」あれは米朝師匠がお考えになったもん?
米朝  いやあれね、本人が出てくるのはあることやけどね。さ〜、細かいことはちょっと忘れたけど...
吉弥  12月に僕がやらしてもろうた時も、『初代、二代目春團治親子会』『歴代松鶴会』それで『大型新人桂吉朝独演会』言うたらワーっとウケましたからね。ゲストが、歌之助、枝雀、らも、言うたらウケましたね。
聞き手  (笑)
米朝  らも?
聞き手  中島らもさんね。
吉弥  で、やっぱり米朝師匠がやりはった、閻魔さんがおふれが出て、経済が荒れて、「閻フレ言うて」というような、ああいうギャグは米朝師匠の新しさというか、ね。
米朝  ま、なんじゃかんじゃ、一々憶えてないけど、新しいのも入れましたよな。
聞き手  師匠、ああいうもんて、ドンドン詰め込んだら膨れていきますよね。
米朝  そうやね、そやさかい、いい加減にせないかんね。
吉弥  そやから、どこを拾って、どこを放るかという作業ですね。
米朝  結局それやね。何もかも入れたらええというもんやない。あんまり入れ過ぎるともうお客もしんどなってくるしな。
吉弥  いや、でもほんまありがたいですね。五代目師匠がやって、米朝師匠がやって、で米朝師匠がまとめはって、吉朝がやって、僕がやらしてもろうてるというのが。
米朝  いや、ほんまやな〜。えらい伝統やな。
吉弥  えらい伝統ですね。同じこと言うてるわ、言うだけで感動ですね。
聞き手  是非今度大阪でやる時は米朝師匠を御招待して、メモ取って頂いて...
吉弥  (笑)
聞き手  この間小米朝さんが来はった時に、いつも金比羅でメモを取っていらっしゃる姿を見て、またメモは復活して欲しい...
米朝  なんにも書かんでも?
聞き手  そうそうそう。今度吉弥さんがおやりになる時は是非米朝師匠を御招待頂いて、米朝師匠お楽しみに、ね、メモ取って頂く...
吉弥  はい。緊張しますね。
聞き手  いいじゃないですか。緊張するのが一番いいですよ。吉弥さんに米朝師匠からアドバイスというか、落語家としてとか、『地獄』やるんやったらここ気い付けやとか?
米朝  いえ、いえ、そんなこと言えへん。聞いた後で...
吉弥  (大笑)やっぱり...
聞き手  というプレッシャーで、今日はどうもありがとうございました。
吉弥  ありがとうございました。

←前回へ 次回へ→
扇子

line
人物紹介 放送内容 お便り トップページへ

line

©ABC 2007
| abc1008.com |