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ABCの南出拓平記者は、今回の地震で壊れた住宅の被害を目の当たりにしました。地震から1ヶ月半が過ぎましたが、大きな被害を受けた自分たちの生活をいつになったら立て直すことができるか、南出記者は被災した方々の不安の声を聞いたと言います。
高橋アナ「余震も襲ってきたと思うんですが、取材していて揺れた瞬間はありましたか?」
南出記者「小さい余震は何十回と感じていまして、もう麻痺してくるんです。ずっと感じていると震度2や3とかは」
高橋アナ「それは感じないということですか?」
南出記者「一応ちょっと揺れたと思うんですけれども、『ちょっとしか揺れていないな』という感覚に。
避難されている方も、(震度)2くらいであれば、『ちょっと揺れているな』とあまり怖がっていなかったように感じます」
高橋アナ「実際、目の前で余震の時に崩れた家屋もありましたが、それも取材されましたか?」
南出記者「決定的に余震で崩れたというのはないんですが、きしんでいる家というのはありまして、半壊くらいになっていましたら、ちょっとした揺れや雨で、風はないと思いますけれど、ちょっとしたことで崩れるんで、ミシミシいっていて、あらかじめ入れないようにしていまして、ドアの隙間とかが空いているんです。一見、遠くから見たら壊れていなさそうな家も、良く見ると危ない状況というのも感じまして」
高橋アナ「あと、いっぺん揺れてしまったらこれは崩れるな、というような?」
南出記者「そうですね。だから実際倒壊した家屋以外でも、半壊(の家)は、一見住めそうですけれど、よく考えたら住めないですね。いずれ壊さないと、ずっと住み続けるのは危険だなと」
高橋アナ「被災者の方にも、大勢の方からお話しを聞いたと思うんですが、重苦しいというか、心を閉ざされていましたか?」
南出記者「僕も最初は重苦しい空気だと思っていたんですが、皆さん、こういうあまりに大きいことなので、逆に『仕方ない』と、こういう状況の中で頑張るしかないという前向きな様子が印象に残りました。
ただ、やっぱりよく話を聞くと、特に高齢者の方たちは『この先どうしようか』と。いくら補償が多少出たとしても、その家をまた建て直すというお金もないし、例えば高齢者一人でこの後どうやって生活していこうかと、よく話を聞くと、皆さんおっしゃっていましたね」
高橋アナ「発生した日は『どうしよう』という心で、心が落ち着いてきたときに、さらに不安になっている。まさに1ヶ月経った今がそういう時期なのかもしれませんね?」
南出記者「そうですね。今まさに現場に行って、もう一度話を聞きたいというのが正直な気持ちですね」
防災ジャーナリストの渡辺実さんは、大きな被害を受けたショックで、自分たちの生活を取り戻す余裕が持てない被災者の表情を感じていました。
自分たちの生活を取り戻すのは1ヶ月を過ぎた今頃からのことで、それまでは生きていくのに精一杯だろうと、渡辺さんはみています。
戸石記者「昔の方々は、地域によって高齢者の方が多い地域もたぶん新潟ではあったと思うんですが、おじいちゃん、おばあちゃんが、震災もそうですけれど、戦災も経験されている方々が、焼け出された、今回の場合は地震で家を出ざるを得なくなった場合に、お年寄りの知恵が避難生活やそういうところで役に立っているというケースはなかったでしょうか?」
渡辺さん「(地震発生)直後はそんな余裕はないですよね。
つまり、お年寄りが自分の家がペシャンコになってしまって、目が虚ろになっているお年寄りが避難所にいっぱいおられました。それはまだ現実を受け入れられない、目の前で起きたことが受け入れられない。そのことに対して、知恵を出そうとかいうような余裕なんで全くない。
これは巨大地震が起きたときはいつもそうなんですけれど、少し時間が経ってくれば、例えば1ヶ月、(震災が起きてから)今1ヶ月が経過しようとしていますけれども、そういう少し時間が経過したところで、いろんな昔の体験から、こうしたほうが良い、ああしたほうが良いというアイデアが出てくるという局面は、過去の災害から我々は経験させていただいていますけれども、まだ残念ながら新潟中越沖地震で言えば、まだ余裕が出てきていない状況ではないかと思いますね」
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