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では『総合学習』というものは何を目指すべきものなのかということをうかがいたいのですが。寺脇さん自身が目指した『総合学習』の真のねらいは何だったのでしょうか?
「一言で言うならば、○×でものを考えるのではない、総合的に判断できる人間。残念ながら今の社会は、『あの人良い人なの? 悪い人なの?』と言うということは、○×式、二者択一にものを考える。
それは冷戦構造があった時代、あるいは非常に日本の社会が貧しかった時代には、『これは○なのだ、×なのだ』とスーッといった方が世の中がどんどん進んでいくという意味で、○×式がまかり通ってきたわけだけれども、これだけ非常に社会が複雑化して、いろんなファクターが入ってきているときには、物事を○か×かではなくて、○の面と×の面があると、それについてどう考えるのかという、その力を身に付けてもらいたいということなんですね」
その力というものは学校という枠内だけで付くものなのですか?
「もちろん学校だけではないですよ。家庭や地域社会でも付いてもらわないといけないから、一方で学校5日制ということの中で、土・日曜日に家庭や地域社会の中で、学校ではできないことを、例えば宗教的な体験をするということは学校ではできないことですから、今、学校5日制になって、お寺や神社に子供たちの姿が従来よりはたくさん見られるようになったという話も聞いています。
そういうことも含めて、考えていかなければならないということだと思いますね」
では、地域や家庭ということはもちろん含めて、とにかくみんなですすめていこうと。
「そうですよ。京都市がうまくいっていることも、学校だけがやっているのではないのです。『みやこ子ども土曜塾』と言って、土曜日は地域の人たちが寄ってたかって子供たちのために、例えば将棋が好きな子には『おっちゃんが将棋を教えてやろう』と、勉強がちょっと苦手な子には『分からないところがあったらおばさんが教えてあげるよ』みたいな場を作っていっている。これが大事なことだと思うのです」
そうなってくると、今の日本の教育に欠けているものがいくつか見えてきたと思うのですが、最も必要だと思われる教育理念、真の、ど真ん中の要素は何でしょうか?
「理念はただ1つです。できるだけ一人ひとりに合わせた教育をしたい、ということです。一人ひとりに合わせた教育をするためには、手間も、暇も、お金、人手もかかります。だから今度は、教育するのは教師だけとか、親だけに任せるのではなくて、教育再生会議も1つだけ良いことを言っていますが、『社会そうがかりでやろう』というのはね。ただ、『社会そうがかりで子供を見張ろう』というのはおかしいので、『社会そうがかりで子供にいろんなことを提供していこう』と思って欲しいです」
最後に、非常に大きなテーマで、一言で言えないのかもしれません。教育はいったい誰のために、何のためにあると思いますか?
「教育は学ぶ人のためにあるのです。学びたいという人があるから教育があるのです。そのことを忘れてもらっては困ります。教えたい人がいるから教育があるのではなくて、学びたい人があるから教育がある。知りたいという人のために先生が必要なのです。先生がいるから生徒が来なくてはならないという考え方は、おかしいのです」
※科学的リテラシー=「自然界及び人間の活動によって起こる自然界の変化について理解し、意思決定するために、科学的知識を使用し、課題を明確にし、証拠に基づく結論を導き出す能力」(文部科学省の定義)
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