柏崎市も復興中ということなのですが、例えば地元に根を張っている企業の復興の様子はどうなのでしょうか?
「やはりお米がおいしいところ、水が良いところということで、酒造メーカーがあるのです。『越の誉』というお酒を出しています原酒造というメーカーなのですが、柏崎駅の本当に近くにあります。この工場を訪ねてきました。
社長の原吉隆さんにお話を聞いたのですが、中越沖地震が起きた当時、木造家屋で、屋根瓦が全部中へ落ち込むようにグシャッと潰れているという映像や、新聞に載った写真を見た方もいるかもしれません。実はその建物が、原酒造がお酒を漬け込んで貯蔵しているタンクの入った蔵だったのです。」
全部ダメになってしまったのですか?
「実は原酒造の工場の敷地内の施設のうち、3分の2以上が倒壊してしまったということなのです。そういう状況を経て8ヶ月たって、原酒造がどのような道のりを歩んできたかということを原社長に聞きました。」
(原吉隆・原酒造社長)
「こんなもので潰されてたまるか、と。こんなことで先人が築き上げてきたこの原酒造を潰させてたまるか、と怒りに似た気持ちで、ものすごく強い感じが湧き上がってきました。会社も建物も新しく立て直すしかない、と腹をくくったわけです。
一番苦しかったのは、最初の10日間近く水道水が出なかった(ことです)。この時期が何といっても辛かった。水道水というと、飲み水とかトイレの問題、生活用水の問題もありますけれども、私どもは酒蔵ですので、水が使えないと本当にやれる仕事の幅が狭まってしまうのです。物を洗浄するにしても、冷却するにしても、水が必要だということで、最初の10日間くらい水が使えない時期が非常に苦しかった。」
「本当に当時のことを振り返って、思いを一つひとつ噛み締めるようにして話して下さった原社長でした。自分が今まで受け継いできた蔵が全部(震災で)やられてしまった。ただ、社員、『蔵人(くらびと)』と呼ばれる杜氏(とうじ)さんの皆さんが全然被害を受けなかった。人的に被害が無かった。
ただ住宅が壊れて仮設住宅から通いながら、仕込み作業などに当たったという人もいたようですが、被災した去年、なんと9月に新酒を発売したのです。」
えっ!(蔵の)3分の2がグチャグチャになってしまったのですよね?
「本来ならこれは無理だと思うのですけれども、そこを建て直して、残った施設をフル回転させて、新酒を間に合わせて造った。『負けてたまるか』と、『味が落ちたなんて言われたくない』という皆さんの一念があったのだと思います。実際のそういう気持ちを原社長はすごく感じていたと言います。」
(原吉隆・原酒造社長)
「新米が入ってきて、9月4日に神主さんに来ていただいて『良いお酒ができるように』、また『事故が起こらないように』という安全醸造祈願祭を行うのです。そのときに私が社長ですから、一番前に出て玉串を捧げるのですが、後ろにずらっと蔵人が並ぶわけです。気を感じるのですよ、背中に。うちの蔵人の『とにかく今年は負けられない』と『こんなことには絶対負けない』『絶対失敗は許されない』『がんばる』という気を私は背中にビンビンと感じました。
そのときに私自身頼もしく感じましたし、とにかく私自身もがんばらねばならないと。まずは雇用を守るという前提の中で、経営再建するということが経営者としては大事だと思っています。」
「そんな意気込みで作られたお酒、今年も仮設の貯蔵タンク、蔵で今も頑張って漬け込みが行われているということです。」
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