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08/07/15〜08/07/19 放送 バックナンバー
新しい地域社会を考える!開拓地・童仙房
レポート:ABC阿部成寿記者
聞き手:浦川泰幸アナウンサー
実は明治期に拓かれた村・童仙房
廃校を生涯学習の場にした京都大
地域社会から学ぶ『ローカルな知』
森から得られる遊びと学び
過疎化で窮地に!童仙房の農業
 高齢化に悩む山あいの町や村。いわゆる過疎地と呼ばれる地域で「村おこし」が課題となる中、地域の外からの働きかけを受け入れて地域社会の再生を図ろうとしている地域があります。お茶としいたけの栽培で有名な京都府南山城村の童仙房地区もそのひとつです。童仙房には今、地域社会の力に着目した大学や企業、それに市民団体などがそれぞれ独自の調査・研究活動をスタートさせています。なぜ童仙房に皆が注目するのか、今週は童仙房での取り組みについてABCの阿部成寿記者がリポートします。
■実は明治期に拓かれた村・童仙房

 『童仙房(どうせんぼう)』というのが、かわいらしいというか、何かおとぎの国の地名のように聞こえるのですが。

 「まさに妖精が出てくるような、神秘性のあるような名前が付いているのですが、本当に自然が豊かなのです」


(川のせせらぎの音)

 涼しげでいいですね。

 「この童仙房の山あいを流れる川のせせらぎの音ですが、本当に田んぼも畑も広がっているのどかな地域です。そして生き物の鳴き声も聞こえます。」


(カエルの鳴き声)

 何か本当に素敵な里山の風情を音からも感じますね。

 「そうなんです。実際にカエルが田んぼや畑を歩きまわっているような、子供たちの笑い声なども聞こえるような、そんな山あいの村なのですが、この童仙房、実は京都府の東の端、南山城村(みなみやましろむら)の中の一つの地区なのです。
 人口が245人しかいない。茶業とシイタケの栽培が有名だという地区なのです。場所は、行くのは少し苦労します。JR関西本線の大河原(おおがわら)駅から車で山道を約15分上がっていきます。」


 バスなどはないのですか?

 「まったくありません。いわゆる林道と言われるような細い道を上がって10分くらいすると、この拓かれた地、童仙房地区に到着します。」


 非常に申し訳ない言い方なのですが、やはり過疎地ですよね。

 「はい。私は拓かれた地と申し上げましたけど、この場所はもともと開拓によって拓かれた地区なのです。明治時代に京都府の行政の命令によってひらかれた開拓地。ですから元々ここには人が住んでいなかった。石川県、静岡県、九州といったところから皆さん移住されて、この村を開墾したという土地柄なのです。」


 明治時代に。

 「はい。いわゆる過疎地なのですが、こういう歴史があるところが1つのポイントです。
 童仙房は、いま申し上げましたようにご多分にもれず非常に過疎化が進んでいる。農業、茶業とシイタケ栽培、若干の米作りもされているのですが、それだけではやはり生活がなかなか行き届かないということで、外へ、都会へ出て副業をされる、サラリーマン勤めをされる、いわゆる兼業農家の方々が非常に多いという地区なのです。
 このままだと過疎に拍車がかかる。どうしようもない、人口が減るばかりだ、というようなことで皆さん危ぐをされているのですが、実はこの童仙房に最近、外からの交流が増えてきているのです。
 この外からというのは、大学や企業、実際この地で生まれ育った人ではない都会出身者のIターン組の方々が入ってきているという現象が起きています。」


 よくUターン組といって都会に一旦出た人たちが地元に戻るというのがありますけれども、Iターンというのは全く地元にゆかりのない人が、来るわけですよね。

 「そうなのです。この童仙房の自然、いま聴いていただいたような豊かな自然、実りという部分にすごく魅せられて、独身でこの地に入ってきて、この地でお嫁さんをもらって在住という方もいらっしゃいます。
 それも(仕事を)リタイヤされてこられる方もいれば、若い20〜30代から(住んでいる)の方もいます。これは、やはり引き寄せる要素が何かあるはずだと。」


 そこが聴きたいところなのですね。いわゆる限界集落と言いまして、これからどんどん先細りしていって、集落としてもう生活ができなくなってしまうという地区が全国にあるわけですよね。  童仙房もそうなりかけていたと思うのですけれど、大学や企業、それから都会の若者まで来るというのはなぜなのか?

 「これにはキーワードがあるのですが、明日話したいですね、この内容は(笑)。」

 ということで童仙房という南山城村の非常にのどかな農村イメージの集落なのですが、そこに外からの人たちがたくさん入ってきている。どんなお話になるのか、また明日聞きたいと思います。

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■廃校を生涯学習の場にした京都大

 童仙房という集落が元々は限界集落になりそうだったのだけれども、いろんな若い人が入ってきている。それはなぜか?というのは秘密のまま終わったのですけれども。

 「その謎解きということで、大学がこの童仙房地区に入っている取り組みから紹介します。まずはこの音をお聴きください。  この音は何の音だと思いますか?」


 昨日は沢の音だったのですけれども、今日のこの音は料理している音。

 「その通りです。実は玉ねぎを炒めている音なのです。京都大学のチームが中心となってこの童仙房で行っている取り組み。地元で採れた野菜などを使った料理を味わうというイベントの音です。」


 まさに地産地消。

 「今うっすら声が聞こえていますが、この説明をしている方は京都の北白川で和食の『サン・エイド・エイスケ』というお店を開いている阿山哲生さんという方です。この方が童仙房でとれる野菜やシイタケなどを使って、新しい料理を生み出そうと取り組んでいます。」


 この阿山さんという方は、京都で非常に有名な料理人なのですか?

 「そうなのです。実際に味わいましたけれども、おいしかったです。タケノコの煮物やシイタケの炊き込みごはん。それから時期ですとえんどう豆を炊いた料理など、まさに地産地消、地元のものをおいしく味わうためにはこうしたらいいのだ、ということを味で体験できました。 実際、童仙房産の野菜から、今後商品開発につなげる何かヒントになればいいのではないかということで、地区の方々もこれを受け入れているということなのですが、参加した人たちは奈良女子大学の女子大生の若い皆さん。 実際自分たちが今後、料理をしていきたいと思うような気持ちを、それぞれ感想として語っていました。」


 京都大学が呼びかけて、阿山さんもいらっしゃった。奈良女子大の学生もいらっしゃった。

 「もともと京都大学の前平泰志先生が、奈良女子大学で講義をしているという関係から、人のネットワークでつながったということがベースになっています。今回のこのイベント、料理を見て、味で楽しむ、このイベントに参加した街の方の声も伺っています。」


(童仙房地区の住民)
 「シイタケとか、タケノコとか、本当に地元の食材を使ってこんな料理をいただくということが、こんなにゆっくりさせていただいたのが、本当に今日は嬉しかったです。 学校が無くなって、本当に子供たちの声が聞こえなくて。私も担任を持っていた時に家庭科室で5〜6人の子供たちと料理をしたりという楽しい思いをしてきたので、ちょっと寂しく思っていたのですが、こうして京大の方が使っていただいて、よそからも来ていただいて地元が活性化しているなということを感じさせてもらいました。」

 この童仙房地区の住民の方は喜んでいらっしゃるようなのですが、いまお話になっていた方は、話しぶりからすると童仙房地区で(学校の)先生をされていた方ですか?

 「そうです。教頭先生だった方なのです。ずっとこの童仙房地区に愛着を持って今もお住まいなのですが、懐かしいなとおっしゃっていました。  というのはこの童仙房の小学校は今、廃校になっているのです。地域統合によって他の小学校に統合されてしまって、いまは使われていない。」


 昨日の話では人口が245人という集落ですから、確かに小中学校は1つの集落では運営できないでしょうね。

 「その通りです。教材費など非常に学校運営にお金がかかる、予算がなかなか厳しいということもおそらく判断としてあったのでしょうが、実際廃校になったときの人数は14人しか児童の数がいなかったので、これはしょうがない。その学校を何とか施設として使ってみんなで生涯学習の場にしていきたいというのが、京都大学大学院教育学研究科の 狙いのようです。」


 では料理教室も廃校になった学校で?

 「行われました。ですからその京大のプログラムの一環ということです。この童仙房地区と京都大学の協定は今から2年前、2006年6月に実際に結ばれました。都会と田舎の融合、新しい外からの風を呼び込む、それによって活性化を図る、という目的です。  農業体験や地域社会での交流がそれに役立つというところから始めています。」


 その京都大学はどういった学問を専門にしている方がやっているのですか?

 「基本的には教育学の生涯学習です。ですから学校以外でものを学ぼう、学びという部分の知識を高めていこうと。それが自分たちの人生を豊かにするのだ、という理論に基づいての研究活動ということになります。  実際これ以外の活動としては、『風と雲の市』というフリーマーケットも予定されていまして、今後の活躍が期待されますね。」

 なんとなく解ってきました。

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■地域社会から学ぶ『ローカルな知』

 『童仙房』という非常に神秘的な名前の村について、いろいろな取り組みをしているという話を聞いてきましたけれども、阿部さん、京都大学の皆さんが生涯学習の一環としてこの地区に目をつけたということなのですが、いろんな取り組みをしているのですね。

 「ええ。昨日も簡単にお伝えしたのですが、『風と雲の市』というフリーマーケットのようなイベントを行っています。これは村・地域にお住まいの方と大学・企業などのふれあいイベントいうことで、フリーマーケットや地域通貨、つまりこの地区だけで使える『チャオ』という限定の通貨・紙幣を刷りまして、それで物々交換のようにものを買ったり売ったりしています。」


 1チャオとか5チャオとか。なぜ『チャオ』というのでしょうか?

 「みんな『買っちゃお』とか『やっちゃお』、『遊んじゃお』というようなイメージからだと思うのですが(笑)、そういうことで人と人とが顔を合わせることによって、あいさつから始まり、会話が生まれる。外の人と内の人たちとの交流をこれで活発にしたいという1つの機軸があるのですが、そういう発想でいろんなイベントをしているのです。
 もともとこの京都大学が今回、童仙房になぜ目をつけたかというと、子供からお年寄りまでが、非常に幅広く地域において、すごく仲良く暮らしている。つまり結束力が強いということがまず挙げられます。」


 普通、過疎の集落というと高齢化率が高くて、65歳以上の方ばかりというイメージがあるのですが、人口245人、確かに過疎の地域ですね。

 「そうなのです。親子3代という歴史しかない、120年くらいの歴史しかないこの土地なのです。」


 開拓地ですものね。

「だからこそ逆に、みんなが力を合わせて森をひらいて、畑を耕すという習慣が根強く残っているのです。」


 なるほど。

 「お茶の栽培が盛ん、シイタケが盛んというところは、1人だけの力ではこういう農作物を育てるのが難しい。皆さんが時期を合わせて『みんなでやろや』と取り組まざるを得ない。そういうところから結束力が強いということがあるのだと思います。
 それから実際こちらで育った人たちというのは、自分たちの街・村で作られた植物・食物に関してすごく誇りを持っていることがポイントです。実際に跡取りというか、親と同じ仕事を受け継ごうという人もいます。」


 そうですか。

 「そんな中で今採り上げたいのは、Iターンという、全く都会でこの村を知らない人たちもたくさん入ってきて、そういう人たちが同じく労働力として、その村のために働き、地域としてまとまりがあるということが、最初のポイントだと言えると思います。」


 10人くらいいらっしゃるということですか、Iターン(の人)は?

 「はい。今回この地に入って取材活動をする中で、実際にこの地で生まれたお子さんは、本当に笑顔がかわいいし、自然で、屈託がないという言葉が、まさに当てはまるような、そんな表情をみせるお子さんがたくさんいらっしゃいました。
 そういうところから見ると、本来こどもはこういう遊びをたくさんして育つものではないかなと。いろんな大人の目で育てられる。いろんな目が行き届かなければならないところは届いて、なおかつ学ぶところは他から学んで、そういう交流の中で育つということは、本当に豊かな人間性を育てるという部分では大切なのではないか、と私個人としてすごく実感しました。」


 お子さんだけではなくて、大人にしても、人間が暮らす上で一番大事な食べものとか、空気とか、そういったものを作る場所なわけですから、心豊かになっていくでしょうね。

 「実際、京都大学の前平泰志先生がこの童仙房の地域・フィールドでの研究活動の中心をとられているのです。前平先生がおっしゃっているのは『学校以外で学べる知識は地域社会から絶対に出ているはずだ。それはいったい何かということを学びたい』と。
 つまり、ローカル、地域で学べる知識、『ローカルな知』が絶対にこの地域にあるはずだというところから研究を進められています。
 今後の課題は、住民それぞれの生い立ちから家族構成、そういうところも含めた全体の意識調査が行われた上で、地域社会の力となっている源は何かというところを研究していきたいとおっしゃっています。」


 なるほど。生涯学習というものを考えるときに、どうして童仙房という地区だったのがよく解ってきました。

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■森から得られる遊びと学び

 この童仙房という地区は、明治時代に開拓者が入った村で、人口は245人なのだけれども、若い方やお子さんもいるという話を昨日まで聞いてきたのですが、子供たちもこれから地域社会を再生する上でどう動いていくかが大事ですよね。

 「子供たちが今必要としている、本当の力とは一体何か。これに着目しているのは童仙房の方だけではありません。都会で過ごしている人たちも、思いは、実は強いものがあります。
 今日御紹介するのは、童仙房で活動している企業や市民団体の動きですが、まずはこの音をお聴き下さい。」  


(子供の歓声)「冷たかった!」
(子どもの親)「がんばった、がんばった。やったーすごかったなぁ〜」

 「本当にかわいらしい声をみなさんに聴いていただいたと思うのですが。」


 水遊びしていますね。

 「そうなんです。この童仙房地区を流れる川を、川歩きする遊びの時の音です。」


 良いですね。都会では絶対できない遊びですね。

 「もちろん、ちゃんと親が前後に付いて、冷たい水の中を歩いていきました。『冷たい』という声から、本当に自然を感じているなと解りますね。」


 これは童仙房地区のお子さんですか?

 「実は外からの方で、大阪の『生活クラブ生協大阪』の組合員のみなさん・家族です。大阪市内や北摂地域を地盤とする『生活クラブ生協大阪』のみなさんが現地に入って、この童仙房の森と川での遊びを体感しているんです。
 今年から『森の学校』という名前で、このイベントを始めたということです。森から何かを学ぼう、子供が欲している遊び・学びというのは森にある、という理念の下、現地に入って活動するということで、このような川遊びとか、小さな枝を切り落として削って笛を作ってみんなで合奏をしたりとか、そういうような取り組みをボランティアの人たちも来て、みなさんで楽しんでいましたね。」


 指導するのはボランティアの方々ですか?童仙房地区の方ですか?

 「童仙房地区の方が道先案内人になって、それから児童館などで活動する、子供たちと遊ぶ活動をしているボランティアも参加していました。見ていまして、子供の笑顔、声が本当に『楽しい』というのは、こういうときに発せられるのだと体感できました。」


 そうでしょうね。

 「参加しているメンバーの中に教育関係者の方もいました。その方は幼稚園の園長先生なのです。『森の幼稚園』の園長先生なのですが、実はこの『森の幼稚園』には施設がないんですって。」


 えっ?

 「つまり、幼稚園や保育所というとちゃんとした校舎、園舎がありますよね。そこでみんなで遊んで園庭で砂遊びというイメージですよね。
 ところが施設がない。つまり、その学校の近くの森や地域の公園などに行って、みんなでその場で学びましょうと。『今日はお花の絵を描いてみましょう』、『お花をつんでみましょう』ということですごすことを理念とした幼稚園が大阪市住之江区にあります。」


 住之江区から森は遠いですよ。

 「そこからだと、恐らく近場の公園で活動されていると思うのですが。」


 園児たちがいて通っているのですか?

 「そうなんですって」


 そしてその園長さんが、南山城村の童仙房にもいらっしゃる(のですか)。

 「結局なぜ来たかというと、本来の自然の姿というものをもっと教育の場で生かしていきたい、子供たちの反応をもっと知りたいということから参加しているということなのです。」


 ということは、大阪市内の幼稚園児のみんなが南山城村の童仙房地区に、いろんなことを学びに、遊びに大挙してやってくるような時代が来るかもしれない。

 「そうです。教育の再生は、もしかしたら森から始まると。」


 これは逆に人間の起こりというものが、人間はどうやって生きていくのか考えさせられますよね、森や川の流れが。

 「森や川には何もないですもの。」


 どうやって生きていけば良いかを考えますよね。

 「それを学ぶためのヒントというものを、小さい子供のころから学んでほしい。たくましい子供が育ちますよね。」

 たくましい子供が育つということもあるでしょうし、プラスその地区に住んでいるみなさんが活性化していくきっかけになるような気がしますよね。

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■過疎化で窮地に!童仙房の農業

 童仙房という神秘的な名前だと思ったこの地区、子供たちがとても元気だということもわかりました。都会の子供たちも遊びに来ていることもわかったのですが、もともとは開拓地ということで、農業の村ですよね。

 「そうです。農業の村ということで、皆さんの結束力も強いということなのですが、Iターン組といって都会から移り住んで生活をしているという方もいらっしゃいます。
 その中で今日ご紹介したい方が1人いまして、内藤浩哉さんという方です。この童仙房に引っ越してきて16年3ヶ月。ある種Iターン組のオーソリティの方なのですが。」


 何歳くらいの方ですか?

 「人生の半分が童仙房とおっしゃっていますから、30代後半だと思います。」


 若くして都会生活をやめて、童仙房地区に来て農業をしている。

 「そういうことです。建設業や農業のお手伝いをして生計を立てているそうです。子供も3人いるということで、非常にマイホームパパだなと感じるような、にこやかな方なのです。」


 里山で自然に恵まれているところで、うらやましいなぁ。

 「子供たちは本当に野に放ってという感じで、それをにこやかに眺めながらお話を伺うことができました。
 この内藤さんなのですが、童仙房という地域から学べることは本当に沢山あるのだ、とおっしゃっていました。
 つまり、豊かな自然というものがここには根付いている、と。ここから得ることを外の人間は期待すると。得ることはたくさん転がっているということを考えるそうです。
 ただし、住んでしまうと逆にその良さが見えなくなってしまう。だからそれに気付かせてくれるというのが、外からの風であったり、人とのつながりであったり。だから今、この童仙房という地域が、みんなで開拓したという気持ちから、外からのものを受け入れようという気風があることが、逆に活性化の本当のベースにつながっているのではないかと。」


 地域の良さを外の人が来ることで気付かせてもらえる、と。

 「そういうことです。だから豊かなものをいつまでもそのままの形であると思い込まないということが、まず先決、大前提ではないかとおっしゃいました。そういう中で地域がにぎやかになっていくプランというものを徐々に集めて、みんながそれを受け入れるという形にして、、それを逆に外に向かって発信できる。
 ある種ハブ(中継)機能を高めていくことが地域の生き残りではないかということが、16年童仙房にお住まいだと、こういうところまで知恵・考えがまとまるということが、非常に私としても伝わってくるものがありましたね。」


 やはり、熱意のある方がどれだけ地域にいるかですよね。そこから情報を発信していこうという思いがあれば、過疎なんて言っていられないわけですよね。

 「ただ、過疎という問題になると、やはり人口の減少というものはこの童仙房地区も切実な問題として、起きています。いま245人という人数しか住んでいないという現状もそうなのですが、農業を今後続けていけるのかどうか、こういうことも今、問題として直面しているということです。内藤さんにお話を伺いました。」


(内藤さん)
 「この地域は野菜も少しありますけれども、ほとんどお茶でやってきた地域ですし、宇治茶のとても評判のいい産地として生きてきましたし、きっとこれからもそうやっていくのだろうと思うのですが、茶農家の中には跡取りが残っているところもあれば、都会へ行って戻らないところもあって、全体として茶業に携わっている方は高齢化が進んで、人数も減っています。
 それは地域にとってもすごく大きな課題です。農家の方がおっしゃるには、お米を作っても、野菜を作っても収支は合わないということはおっしゃるのです。だいたい、国の農業政策というのは、とにかく大規模化するから、集落営農というのを目指しているようですけれども、山の上のこの童仙房では、大規模化といっても地形的な問題でなかなかそうはいきませんし、集落営農もなかなか進まないのです。
 個人個人が自分の信念でもって、小さい規模でなるべく質の高い農産物を作るという選択しかできないと思うのですね。」

 「いま内藤さんがおっしゃったように、童仙房というところで小さい農業をするという形はなかなか厳しい問題があるとおっしゃいました。
 というのは、やはり機械化でお金がかかるということもあります。それから燃料費が高騰している。それから実は最近問題となったのは、化学肥料の原料となっている鉱石の海外からの輸入がストップしているそうです。」


 原材料高騰(こうとう)の影響ですか?

 「その切実な問題については、童仙房から見える日本の農業というものが、実はあるということに気づきました。来週、この日本の農業問題については詳しくお伝えしようと思っています。」

 過疎地に住めなくなっている日本の農業政策・食料政策というのは、明らかに間違っているような気がしますよね。食料自給率だけでなく、そういうところにも過疎地対策の根本があるのではないかと思うのです。

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