ゲストトーク一覧

2020年3月

2020年3月21日(土)

ゲスト
銭湯活動家
湊 三次郎氏

「大阪あきんどラジオ!」第12回目のゲストは、先週に引き続き、
銭湯活動家
湊 三次郎氏

湊氏は、1990年静岡県生まれ。
幼少期は、授業でも挙手できない、発言できないようなタイプの大人しい子どもだった。 両親からは、興味のあることをやったらいい、ただ悪いことはしないように。と言われるだけ。とても自由な環境の中で育った。
そんなこともあり、大人になってからも、自分が良いと思ったことはとことんやる。梅湯の経営もそんな性格から猪突猛進でできたんだと思うと語る。

学生時代に受験で落ち、大事な試合で負けるという経験から、そのことが自分のコンプレックスになっていた。それを何かで払拭したい、銭湯が好きだし、他の人はやらないだろうということにこそ価値があると考えていた湊氏は、梅湯をとことんやることに決めた。
自分のがんばりでなくなりつつある銭湯という場所が残せてよかったと、梅湯のお風呂に入りながらふと思うことがあるという。

もともと古着や古道具屋さんに通うのが好きで、小さい商売でも細く長くやっているという人たちに、学生時代たくさん出会った。何か新しいものを作るのは好きではないが、ものを継いでいくことにこそ魅力があると感じ、その価値の提示ができると考えている。
古くなってきたものをまた輝かせる。こういう見せ方したら、きっとかっこいい。古いものの良さを見せながら新しいことを取り込む。そんな考えを、今の梅湯でもいかし、定休日は梅湯でライブをしたり、映画の試写会をしたり、若者たちを銭湯に取り込む努力を欠かさない。

梅湯は現在、20~30代のお客さんが60パーセントを占めている。例えば、滋賀の店舗では、スーパー銭湯激戦区であるにも関わらず、顧客が増えている。それはスタッフのコミュニケーション能力の高さからきているという。店長はYouTuberでもあるため、動画を見た小さい子どもたちもお風呂に入りに来ている。大津の店舗では、店長がアーティスト。京都の店長はグルメ好きと、それぞれの個性を生かして自由に、銭湯の経営を任せている。

湊氏の最終目標、それはこの業界からいなくなることだという。
そのためにも、銭湯をひたすら日本各地に残したい、
そして、銭湯活動家を増やしていきたいと語った。

2020年3月14日(土)

ゲスト
銭湯活動家
湊 三次郎氏

「大阪あきんどラジオ!」第11回目のゲストは、
銭湯活動家
湊 三次郎氏

湊氏は、1990年静岡県生まれ。大学在学中に、同世代の人たちに銭湯に親しみをもってもらいたいと「銭湯サークル」を結成したり、京都の「サウナの梅湯」でのアルバイトを開始。
大学卒業後は、アパレル会社に就職してみたものの、自分のやりたいことをやりたいようにやりたいという気持ちが強く、会社勤めは向いていないと感じていた…。
そんな時、「サウナの梅湯」が廃業と聞き、会社を退社。
大家さんからは反対されたが、3年がんばってみたい!という想いを伝え、経営を引き継ぐことに…。

もともと、湊氏の地元には銭湯がなく、学生時代に京都ではじめての銭湯に入り、カルチャーショックを受けた。京都の銭湯を回っていくうちにどんどんハマり、全国の銭湯を何百件も訪れた。
銭湯といっても、各地で文化の違いから、関東と関西では桶の大きさ、暖簾のサイズや形にも違いがある。家族経営が多い業種で、お客さんも少なくなっており、設備投資もかかるため経営の継続はなかなか厳しいというのが現状。

しかし、この仕事は儲かります!と話す湊氏。経営を引き継いだ当初は本当に苦しい時期もあったが、損益分岐がはっきりしているので、お客さんが入ってくるようになってからは儲かるようになった。設備や条件にもよるが、一日に平均100~120人は来ないと経営は厳しく、200人くらい来るとやっていける状態だ。

また、まずはコスト削減を!と考えた湊氏は、燃料だった油を薪に変えた。建築廃材を使って、大工さんや解体屋さんから分けてもらい、月20万くらいかかっていた燃料費を削減。年間200万くらい削減につながった。また電気は、ギリギリの時間に電源を入れるなど工夫し、水はコストのかからない地下水を使った。

現在、梅湯には一日平均240名くらいのお客が来ている。広告宣伝費はかけず、ただひたすらに、湊氏自身がメディアにたくさん出て、地道にTwitterでのツイートやいいね!を繰り返していった。

また、従来の番台の位置も変え、ガラッと中に入ったら、すぐに番台がある状態だ。番台の人から見られているという昔ながらのスタイルが若い女性には受け入れ難い人もいるだろうと思ったため…ロビー式を採用。こうすることでロビーにいる人ともコミュニケーションをとれるようになった。

着実に顧客を増やしていった梅湯だが、様々なお客、それぞれの入浴マナーから、体をどこまで洗ってからお風呂に入るかというトラブル勃発。梅湯では、石鹸を使って、手で体を洗ってからお風呂に入っていただくというルールを設けた。
他にもタオルやTシャツなどのオリジナルグッズも販売したり、タピオカ屋さんとコラボし、タピオカ風呂を作ってみたり…銭湯をいかにして残していくのか、そのための活動を広げている。
銭湯で儲けようと思っていない。とにかく銭湯を残したいし、一人でも多く、銭湯を広げていける人を作っていけたらと話す湊氏。次週はこれからの夢についてお話しいただきます。

2020年3月7日(土)

ゲスト
株式会社PAL
代表取締役辻有吾氏

「大阪あきんどラジオ!」第10回目のゲストは、先週に引き続き、
株式会社PAL
代表取締役 辻有吾氏

辻氏は、大学を卒業後、3年間限定と自分に決意しベンチャー企業に就職。3年で部長になれなかったらサラリーマンを続ける。もしなれたら起業しようと意気込み、実際3年できっちり退職。3年と決めていたのは、父親から「石の上にも3年」と教えられていたから。

会社を辞めてから半年は、様々な仕事のお手伝いをしていた。何で起業するのか全く決まっていない状態だったが、当時すでに結婚し子どももいたが、夢がかなうなら!と家族も応援してくれていた。化粧品会社の立ち上げをお手伝いしたり、3~4社、営業企画などで手伝いに入りながら小遣い稼ぎをしていた。
お金や人、とにかく何もない状態で、あるのは想いや、バイタリティー、行動力のみ。
そんなある日、人材派遣業を営むある社長から、食事に誘ってもらい、おもしろい!とかわれ、3千万貸すから起業しなさい!と言われた。ただし金利付き、しかも10か月で返さなければいけないという条件付き。なぜ3千万を自分に!?こんなおいしい話があるわけないと思っていたものの、自分がお金で人を裏切るタイプではないからとお金を貸してもらえたと当時を振り返る。
何をしていきたいのか、どんなことで起業したいのか明確なものがない状態だったが、その社長からもし人材派遣業に興味があるならみてみたらどうか?と言われ、それまで経験したことのなかった人材派遣業で会社を起業することを決意。26歳の時に起業した。

貸してもらった3千万、金利がつくなら、これはビジネスだ!と思い、その社長に対して、お客さんを紹介してほしいとお願いし、一番過酷な現場を紹介してもらうことに…
はじめての起業、はじめて経験するビジネスだったが、毎日のように、どうや?体調こわすなよ。何かあればすぐ事務所に来い!と起業後も日々、その社長から優しく指導を受け、経営者としての大事な心構えも教わった。後から分かったことだが、その社長は、すでに20社くらい、お金は貸すけれども、株主にはならないというポリシーをもち、たくさんの社長を輩出していた。
当時紹介してもらったクライアントは物流業界。一日で35万個の荷物が流通する会社で、人材派遣会社をやっているときのトップクライアントだった。そこが後々、物流業界でビジネスをスタートする原点となった。辻氏も実際に現場に入り、人を集めてはなぜ続かないのか、常に改善を考え、まわりはじめた頃に社員を配置。辻氏は営業活動にまわった。当時の物流業界ではめずらしい身だしなみを整えるところからはじめ、挨拶を大事に、制服も作った。現在は6万人くらいの人材データを保有するまでに成長。正社員数は100名弱、東名阪を中心に、物流サービス、人材派遣サービスを行っている。
常に新しいことチャレンジし続け、一人一人が参加型、仕事をどんどん任せる。それがやりがいにつながり、楽しく仕事をしてもらうこと、そして人が離れていかないことにつながっているという。離職率は相当低い。
生活の便利が変化していくことにより、先んじて変化を受け取り、世の中の方が気が付かないタイミングでこれからも変化していきたい。また昨年からお米を作っており、今年は全社員にお米を無償提供することができた。この輪を広げて、日本の農を守りたい。
そして供給できる会社として成長していきたいと語った。

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