ゲストトーク一覧

2020年2月

2020年2月8日(土)

ゲスト
株式会社鈴木商店
代表取締役社長鈴木史郎氏

「大阪あきんどラジオ!」第6回目のゲストは、先週に引き続き、
株式会社鈴木商店
代表取締役社長 鈴木史郎氏

大学卒業後は、両親が後押ししてくれたこともあり、社会人として一から就職することになった鈴木氏。
東京のいわゆるIT企業とよばれるシステム開発会社に就職。当時ITバブル全盛期だった。
明確に何かをやりたかったわけではないが、とにかくシステム開発や、その技術に興味があり、基礎能力を身につけたかった。プログラムの圧倒的なパワーや、自由自在に使えることのすばらしさ、テクノロジーの魅力に惹かれた。

就職先は上場して2年くらいの会社だったが、当時新卒ではなかったため、自分は不利だと感じ、最終面接では、体を銀色に塗り、自ら「鈴木ロボットを売りに来ました。」とプレゼンし採用。あえて奇をてらう採用を狙った。
入社後はじめての研修では、ランケーブルの組み立てから。ITテクノロジーに関してはかなり本格派の同僚に囲まれ、システム開発の技術、実力をあげることに集中し、29歳まで在職。
そんな時、父親の病気が再発し、大阪に戻ることに。
しばらくは、家業の配達をしたり、近所の散髪屋さんのHP作ったり、小遣い稼ぎをしながら、当時、資金もなかったため、同級生、その兄弟、地元の友人たちにプログラムについてを一から教えて、家業の配達を含めお手伝いしてもらうことに。
安価にシステムを作れるということで、鈴木氏が始めたシステム開発事業は口コミ口コミで徐々に広まっていった。

現在の株式会社鈴木商店では、オーダーメイドで、ベンチャー企業のような独自性の高い商売をしている会社や、オリジナルでシステムを作りたいという会社のために一から作っている。一度に全体のシステムを作るのではなく、アジャイル開発で、少しずつ増やしていくという方法。
また会社の組織自体も、本来は管理職がいてというピラミッド型が多い中、役職もなく、オープンでフラットなティール型組織を目指している。

最後に鈴木氏は、まだまだ日本はIT力、リテラシーが弱い。たくさんのエンジニア、優秀なエンジニアを輩出し、日本の企業を引っ張っていけるような、エンジニアが光り輝くような会社を作りたい。
エンジニアが光り輝けるような世の中を作りたい。と語った。

2020年2月1日(土)

ゲスト
株式会社鈴木商店
代表取締役社長鈴木史郎氏

「大阪あきんどラジオ!」第5回目のゲストは、
株式会社鈴木商店
代表取締役社長 鈴木史郎氏

株式会社鈴木商店は、企業向けにオーダーメイドでクラウドシステム開発を行う会社。
インターネットにさえつながれば、会社内にサーバーがなくてもシステムが動く状態だ。
現在、さまざまな業種の企業向けにクラウドシステム開発の普及を広めている。

鈴木氏は、厳格な父、教育熱心な母のもと育った。
当時、家業である鈴木商店は、印刷材料の卸業を行っており、印刷工場に「インキ」や「一斗缶」を届ける仕事をしていた。
鈴木氏も、小さい頃からお手伝いしていたこともあり、実家の家業は、商売というよりも、生活の一部という感覚だった。

高校卒業後は、神戸大学工学部に進学。
何かやりたかったわけでもなく、用意されていたレールの上を歩くように、家業を当たり前に継ぐと思っていた。
学生時代は、ワーキングホリデーを満喫していた時期もあったが、そんな時、父親が癌になり、帰国。すぐに鈴木商店で働くことに。

しかし当時、印刷業は下火になっていた。世の中はペーパーレス、コピー機も普及…。
印刷の技術もすぐれ、価格競争になっていた時代。
大学卒業後、このままでいいのかという焦りが常にまとわりついた。

ある日、配達の車の中で、ダッシュボードから大人用おむつが出てきた。
父親は大腸癌だったため、大人用おむつをしながら配達をしていたのだ。

その時、自分がいかに守られていたか、何も考えずにただレールの上を歩いてきたことに気がついた。
自分も自立し、今度は自分が守らなければいけない。
インクを届けること以外で、印刷会社の力になれることは何かを真剣に考えた。

そんな中、今の状態では、明るい未来はないと気づいていた両親が後押ししてくれたこともあり、社会人として一から就職することに…。

その後、どのように新しいビジネスを思いつき、成功の道を歩み始めたのか。
来週も詳しくお話を伺います。

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